露口茂
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また、マスコミがあまり好きではなく、写真も嫌いで、インタビューをあまり受けなかった[4][62]。CM、テレビ番組の司会なども器用にこなす同じ事務所所属の山口崇の器用さを羨ましいと言っていたという[4]

松田優作は『太陽にほえろ!』に出演していた時、石原裕次郎以外の共演者に手を挙げてしまうことがあったが、露口の事は演技に真摯に取り組む姿などから「素晴らしい人」であると思い、決して手を出さなかったという[65]。また露口は後年、松田が開催したライブにゲストとして顔を出したことがあった。

勝野洋はインタビューで露口の芝居の間の取り方が上手いので、間の取り方を真似ていたと語っている[66]。またいつも露口の芝居を注意深く観察していたと話し、芝居が細かく、声もそれほど出さないが、それでいて存在感があったと話していた[67]。ストイックに役に臨む露口を見て、俳優とはこういうものなのか、と思ったとも語っている。また木之元亮も同様に、「撮影がはじまると余計なことは一切言わず、自分の役に持っていこうとする」露口の態度を見て、役者のあり方についてこういうものかと語っている[68]。ゴルフを一緒に楽しんだ小野寺昭も、「仕事にかける意欲、仕事を見つめる目など、とにかくひとつひとつ真面目に取り組んでいた。」と述べている[69]

宮内淳は、「芝居はふつう目でやると言われているが、口もとでやるもの。」という露口の言葉と、後輩に対してもいい加減な態度は許さず、セリフだけでなく撮影所での態度や礼儀作法などすべてに細かく注意して役を考え抜いた露口の態度に影響を受けた[69]

ボスを演じた石原裕次郎は、露口を「”太陽”になくてはならない男」と評している[69]

ファンに対しても実に誠実で、『太陽にほえろ!』浜松ロケの際は風邪気味で体調不良にもかかわらず夜中にどうしても露口に会いたいと訪ねて来たファンにも面会をした[18]。また三田村邦彦は、撮影所に渡辺徹のファンが押しかけて撮影に支障が出た時に、露口が「渡辺のところに来たファンなのだから、他の人が言うのではなく、渡辺自身の言葉で誠心誠意、「いま撮影中なので協力お願いします。」と言う必要があると語り、ファンに対しても実にきちっとした対応が印象に残ったと証言している[69]

NHKの連続テレビ小説おはなはん』『繭子ひとり』や『太陽にほえろ!』などで特に主婦層に多大な人気を得ていた[11]。『繭子ひとり』で露口演じる北川編集長は職場で倒れ死ぬ役柄であったが、男の優しさと悲しさを併せ持った魅力的な男性像が絶大な人気を博し、主婦層ばかりか同年配の男性支持が非常に高かった。視聴者からの延命嘆願がNHKに多数寄せられたばかりか[4][70]、助命嘆願の男性ファンがNHKに直接押しかけてスタッフを驚かせた[44]。部下をはじめ北川編集長を慕う人たちが集まる臨終シーンでは、減食や無精ひげで役作りにひと工夫、涙のシーンの迫力を増し、NHK朝のドラマ久々のクリーンヒットと言われた同作の立役者となった[71]

昭和54年10月25日の雑誌「クロワッサン」の読者が選ぶ美しい40代男性版ベスト30人の3位に選ばれ[72]、婦人週刊誌やTV情報誌などでは、よくナイスミドルと評された[38]。当時の芸能界にもファンが多く、女優の太地喜和子は露口の名前を理想の男性として挙げていた[4]

文五捕物絵図』の放送時、婦人会のイベントに連れていかれ、そこで婦人方から黄色い声援が飛んできたが、「主演のと間違えているんではないのかと思い、そして自分にこんなにたくさんの婦人層のファンが居たことに驚いた。」と話した[11]。明るさとねじ曲がった暗い影、小心さとふてぶてしさが同居する両極端の個性を演じられ、いつもどこかが醒めている不器用さ、静かさと男の強さと優しさを感じさせる演技と雰囲気が女性に人気だと評されていた[44]

極度の高所恐怖症で、飛行機が苦手[4]。そのため、地方など遠方へのロケの場合、他の出演者が飛行機で移動する一方で露口だけは列車で移動するという手段をとるかそのまま東京に残るというケースが多かった[4]。また『太陽にほえろ!』の海外ロケにも、こういった理由で不参加となっている[73]

1975年より1986年まで毎年日本テレビから販売された『太陽にほえろ!』公式カレンダーには、出演者のサインがプリントされていたが、露口のサインだけは毎年少しずつだが形が異なっていた[74][75]

趣味はクラシック音楽鑑賞、ゴルフ(シングル[76]、好物は、うなぎ[18]。『太陽にほえろ!』共演の小野寺昭、プロデューサーの岡田晋吉、江戸シリーズで共演の小林桂樹近藤洋介などとは共にゴルフをプレイした[19]

出演作品(俳優)
映画

太字の題名はキネマ旬報ベストテンにランクインした作品

逃亡者(1959年、日活) - 岡田孝

女子大学生 私は勝負する(1959年、東宝) - 大木真


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