陸軍三長官
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東久邇宮内閣発足に当たって、三長官会議では土肥原賢二が陸相に推挙されたが、東久邇宮首相は同期の下村定を陸相とした[6]

陸軍三長官の3ポストを全て経験したことがあるのは上原勇作杉山元の2人。
脚注^ 秦 2005, pp. 736?737, 第5部 陸海軍用語の解説:さ:三長官会議(陸軍)
^ この慣習の由来と詳細は、高橋正衛『昭和の軍閥』(講談社学術文庫、2003年) ISBN 4-06-159596-2 V 昭和の軍閥 真崎教育総監更迭問題 陸軍の人事権?大正二年の人事内規 p274?p281 を参照。なお、海軍では、人事権は海軍大臣の専権事項であった。
^ 宇垣一成の組閣断念や米内内閣の倒閣など。
^ 「第一次近衛内閣における首相指名制陸相の実現 -杉山陸相から板垣陸相へ-」(筒井清忠『昭和十年代の陸軍と政治 -軍部大臣現役武官制の虚像と実像-』2007年11月、岩波書店)[要ページ番号]
^ 「阿部内閣におけるにおける天皇指名制陸相の登場 -畑陸相就任の衝撃-」(筒井清忠『昭和十年代の陸軍と政治 -軍部大臣現役武官制の虚像と実像-』2007年11月、岩波書店)[要ページ番号]
^ 半島一利+横山恵一+秦郁彦+原剛『歴代陸軍大将全覧 昭和篇/太平洋戦争期』P225、2010年2月、中公新書[要ページ番号]

参考文献

秦郁彦 編著『日本陸海軍総合事典』(第2)東京大学出版会、2005年。 

関連項目

軍部大臣現役武官制


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