降着装置
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前輪式と尾輪式

地上滑走用の着陸脚の配置には、主脚以外の1脚の位置によって前輪式と尾輪式の2つに大別できる。これまで製造された航空機の多くはこの2種類どちらかの配置か、またはその類似・派生の配置になっている[8]

主脚以外の1脚を前方の機首下部に置くものを「前輪式」(首車輪式、首脚式、前脚式、トライアド、Triad)、機体後部に置くものを「尾輪式」(テールドラッガ、Tail-dragger)と呼ぶ。尾部の支持は実際には車輪ではなく橇(そり)のこともあり、その場合には「尾橇式」といわれることもある。3車輪式(3輪式、Tricycle gear)という呼称もあり、厳密に解釈すれば両方の形態を指しているとも取られることがあるが、大勢としては特に前輪式を指して用いられることが多い。逆に「3点姿勢」「3点着陸」等のように、3点と言及されるときには尾輪式を指すのが通例である。

英語では尾輪式を"conventional landing gear"と呼ぶことからもわかる様に、かつては尾輪式が主流だったが、現代のほとんどの飛行機は前輪式またはそれの変形方式を備えている。その理由として尾輪式の離着陸が難しいことがあげられる。

静安定性では尾輪式と前輪式の差はないが、地上への着陸時の動安定性では大きく差が出る。機体荷重のほとんどを支えブレーキ摩擦によって速度を減殺する主脚の位置が、尾輪式では機体重心位置の前方に位置するため、機首方向が走行方向と異なる状態でブレーキをかけるとますます差が拡大してしまい、修正が困難となる。このため、尾輪式は常に方向を修正しながら制動しなくてはならず、修正が間に合わないと「グラウンドループ」と呼ばれるヨー方向のスピンに入ってしまう。前輪式では制動力は機体重心より後方で生じるのでズレを修正する力が働く。

前輪式では着陸時の制動によって機体が前傾することが少なく、また、離陸滑走開始時から機体の水平(すなわち適切な主翼迎角)が保てるために、滑走中盤に尾輪が浮上するまでは過度に大きい主翼迎角となる尾輪式に比して、離陸性能を高く出来る。尾輪式の離陸滑走初盤では操縦席正面から滑走路が直視できない(空しか見えない)機種も多く、とくに大型機すなわちプロペラ直径が大きく主脚を長くせざるを得ない機体の並列複座操縦席で顕著であり、側面の窓から路面の流れを見て直進を維持するなど操縦に技術を要した。推進式では機体後半や尾部で回転するプロペラ先端と滑走路面の距離を取る必要があり、前輪式の採用が多い。

尾輪式は地上において機首が斜め上を向くことから操縦席からの視界が制限され、地上でのタキシングにも支障が生じる。特に第二次世界大戦中に開発された単発戦闘機は、速度や上昇力の要求に対して大型エンジンを搭載したことで機首が大径化した結果、タキシング時に機首を左右に振って前方を確認するなどの動作が必要な機種が多かった。また来栖良のようにスクランブル発進しようとした機体の死角にいたため接触事故で死亡する例もあるなど運用上の問題も発生した。当然現代の大型空港・航空母艦に備えられた飛行場灯火光学着艦装置に従った厳密なコース取りによる着陸・着艦には、全く不向きである。

現在では尾輪式の飛行機が少ないこともあり、尾輪式の飛行機を離着陸させるのは習熟したパイロットでないと困難である[9]

ただし尾輪式には以下のような利点もある。

降着装置は荷重を支えるため頑丈でなければならず、軽量化を阻害して航空機設計の大きな課題となっているが、前輪に比べて尾輪は機体重心から離れているためてこの原理で簡単・小型にすることができ、その分軽くなる。

引き込み式でなく固定式にする場合、前輪式の首脚に比べ小型にでき飛行中の空気抵抗が少ない。

プロペラと地上のクリアランスが確保できる上、着地時の荷重を分散しやすいため、不整地での離着陸に向いている。

前輪式の普及で尾輪式の新造機は少なくなったが、舗装されていない滑走路からの離着陸性能が求められる農業機やブッシュ・プレーン、重量や空気抵抗を重視しながら固定脚が求められる曲技飛行用の飛行機には多く採用されている。着陸時の視界を確保するため、ジブコ エッジ540では機体下部の側面に透明なパーツを使用し、操縦席から地面が見えるようになっている。

尾輪式でも過去に存在した機体では、無垢のゴムタイヤや金属車輪など簡単な構造の事も多く、そのままで機首上げ状態を維持できているため脚自体も非常に短いかほとんど存在しなかった。スペースシャトルX-15 (航空機)(主脚はスキッド)などの着陸専用を除いて、前輪式で機首脚を持つ場合は、少なくとも機体姿勢を水平に維持できるよう、主脚と同じぐらいかそれ以上の長さでなければならない。構造も主脚と同様の緩衝装置と中空タイヤとなるのが普通だが、そのため一般的には尾輪より前脚のほうが機体の構造としては複雑になる。

ツポレフTu-95コンコルドSAABドラケンの様に、高迎え角で離着陸する際に尾部を擦らないように、前輪式機体ではあるが収納式の尾輪を同時に持つ機体も存在する。逆に、ツェッペリン・シュターケン R.VIのように離着陸時の前のめりを防止するため、尾輪式でありながら固定式の前輪を備える機体もあった。

XP-79CH-47 (航空機)の降着装置は前後に2輪ずつの4輪式を採用していた

前輪式

尾輪式

尾橇式

H-19Cのテールスキッド

駐機した尾輪式の一式戦闘機。エンジンにより操縦席からは前方がほぼ見えていない。

機体下部の側面に透明なパーツを使用した機体(ジブコ エッジ540

4輪式のXP-79

構造

着陸脚の構造は基本となる車輪部と、着地の衝撃を吸収する緩衝装置、そして引込装置やブレーキやトルク・リングなどから構成される。1本の脚柱に複数の車輪がつく場合には、同軸に配置するかボギー(台車)を用いる。
車輪

車輪は一般にゴムタイヤを用いる。大型機のいくつかでは外気温変化の影響を避けるため水蒸気分圧を低くした純窒素ガスを充填するが、旅客機では空気を充填している[10]。整備のよい滑走路を使用する大型旅客機等では着地時のタイヤ変形量と接地面積の増大による転がり抵抗を考慮して充填圧は乗用車やトラック(0.2-0.7 メガパスカル程度)に比べ高く設定される(1メガパスカル以上)。滑走路上の異物などを踏んでしまった場合、充填圧が高いとタイヤ破裂の危険があるため、不整地や悪条件での離着陸を念頭において運用される際には、わざとタイヤの圧力を低くして滑走中のタイヤ破裂という最悪の事態を避ける。
動力WheelTug搭載を示すロゴを貼り付けたゲルマニアのA319

降着装置の車輪は動力を持たないため地上走行にはプロペラやジェットエンジンの推進力を使用するが、騒音やジェットブラストによる地上への影響があるため、駐機場から滑走路間の移動以外は車両による牽引を受けるのが基本である。車輪を有するヘリコプターでは自力でのタキシングが可能だが、メインローターも回ってしまうためダウンウォッシュによって付近に影響を与えることからタキシングの経路に規制が掛けられる。スキッド式ではホーバータキシングが必要となるが、短距離の移動のためにエンジンを始動し低空を飛行するなど騒音・燃費の影響がある。

大規模空港では牽引車両の到着待ちや連結作業などで時間を取られ、運用上のボトルネックとなっていた。またタキシングの距離も長いためメインエンジンによる走行は燃費を悪化させていた。対策として航空機側の車輪に電気モーターを搭載しメインエンジンや牽引車両に頼らず滑走路まで自走できる電気自走タキシングシステムが開発された[11]737A319へ後付けできるWheelTugのような製品も登場している。

古来度々構想・開発される事がある空陸両用車では、陸上走行時の燃費・加速性能・登坂性能上、車軸駆動推進が可能になっているケースが多い。
緩衝装置

油と空気をピストン内に閉じ込めたオレオ式の緩衝装置 (Air/Oil Shock Strut) [12]が普及する前の初期の軽量な機体の衝撃吸収には、車軸と機体の間をゴム製の緩衝コード (Rubber Shock Cord) で結んだ構成が採用されていた[13]。現在でも一部の小型機などでは同様のものが用いられることがある。小型機では他にも積層ゴム円盤 (Stacks of Rubber Disk) を組み合わせたものや、脚柱自体の弾性をもって緩衝装置とする方式もあるが、緩衝装置の軽量化により軽飛行機にもピストン式の緩衝装置が普及している[10]セスナ 172の主脚は1956年の販売当初からクロム・バナジウム製の板バネであったが、1971年のモデルチェンジでテーパーがついた中空パイプの支柱に変更された。なお前脚はピストン式の緩衝装置を採用している。

曲技機は機体自体が軽量であるため、ピストン式の緩衝装置ではなく板バネを利用する方式が広く用いられている。曲技機であるエクストラ EA-300は左右の脚柱を一本の板で構成し、弾性で衝撃を吸収する設計となっている。

航空機の自重は、空中では主翼が支持し地上では着陸脚が支持する。しかしその水平断面積の差を考えると単位面積あたりの荷重は着陸脚にかかるものの方が桁違いに大きく、着陸脚は主翼よりも遥かに頑丈な構造で衝撃を吸収しなければならない。このため着陸脚は航空機の艤装品の中でもかなり重量があり、運用利便性や不時着時安全性を犠牲にしてでも飛行性能を追及した一部の機体では、後述するように離陸後に脚を投棄する形式としたものもあった。

ボーイング・ステアマン モデル75の主脚。固定脚にピストン式の緩衝装置が内蔵されている。

テーパーチューブの主脚を採用したセスナ 172N

エクストラ EA-300の主脚。


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