関西テレビ
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10月20日 音声多重放送の実用化試験局の予備免許を取得[18][19][注釈 10]。
11月22日 開局20周年。
1979年(昭和54年)
1月3日 音声多重放送(実用化試験放送)開始。[注釈 11][20]
1月6日 この日放送の自社制作番組『ザ・タカラヅカ』にて、初のステレオ放送番組を放映。[注釈 12][21]
3月14日 開局20周年記念事業の一環としてジェラルド・R・フォードを招聘。
4月8日 自社制作の『競馬中継』に於いて、競馬中継初のステレオ放送を実施。[注釈 13][22]
10月7日 『花王名人劇場』放送開始。
1985年(昭和60年)4月8日 『さんまのまんま』放送開始。
1986年(昭和61年)11月 文字多重放送(JODX-TCM)開始。
1987年(昭和62年)1月17日 映画『首都消失』封切。
1992年(平成4年)3月 東京都世田谷区砧5丁目にレモンスタジオ開設。
1993年(平成5年)
10月4日 『痛快!エブリデイ』放送開始。
1994年(平成6年)1月15日 『たかじん胸いっぱい』(『胸いっぱいサミット!』の前身)放送開始。
1995年(平成7年)
1月17日 この日午前5時46分に発生した阪神・淡路大震災で1月19日までの3日間、通常番組を全面休止し、CMなしの長時間による報道特別番組を放送。
8月8日 マスコットキャラクター「ハチエモン」誕生。
1997年(平成9年)10月1日 本社を大阪市北区西天満6丁目から同区扇町2丁目のキッズプラザ大阪内の扇町キッズパークへ移転。これにより、北区に移転したテレビ局は毎日放送に続く2番目となる。旧社屋は関連会社が入居したうえで、デジタルエイトビルとして残されたが2011年に老朽化のため閉鎖された。
1998年(平成10年)11月1日 CSテレビ放送の京都チャンネル(後の関西テレビ☆京都チャンネル)が本放送を開始。
2003年(平成15年)12月1日 午前11時 地上波デジタル放送(JODX-DTV、17ch)が開始。リモコンキーIDは在阪広域4局揃ってアナログ親局を引き継ぎ「8」。フジテレビジョンも同じ理由から「8」で、キー局と同じ理由で同じリモコンキーIDを獲得した唯一の広域テレビ局となった[注釈 14]。
2006年(平成18年)
3月28日 『たかじん胸いっぱい』における人権侵害に於いてBRC(現:BPO)から勧告処分を受ける(日本のバラエティ番組では初の事例)。
4月1日 地上波デジタル放送のワンセグが開始。
2007年(平成19年)4月19日 日本民間放送連盟から除名(『発掘!あるある大事典II』における捏造事件を参照)。
2008年(平成20年)
4月17日 民放連に再入会(ただし、暫くの間は会員活動停止の扱いを受けていたが、2008年(平成20年)10月27日に活動停止の措置が解除された)。
9月1日 扇町キッズパークの土地・建物を大阪市から譲り受ける。
2009年(平成21年)
4月30日 関西テレビ☆京都チャンネルが放送終了し、衛星放送事業から撤退。
7月14日 アナログ・デジタル統合の主調整室設備(マスター)が運用開始。またメーカーもパナソニック製から東芝製に変更された。同時に、論理チャンネル番号「083」の使用を開始した。
2010年(平成22年)7月5日 NHKと日本民間放送連盟の申し合わせにより、地上デジタル放送への完全移行を前提として地上アナログ放送の全番組をレターボックス放送に統一(画角4:3サイズで制作されたCMは除く)。
2011年(平成23年)7月24日 この日正午をもって地上アナログ放送の通常放送が終了し、23時59分59秒に完全停波。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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