2005年(平成17年)の春にTBSテレビが開始した『朝ズバッ!』の総合司会の候補にみのもんたと共に挙がり、先に打診された関口が断り、次に打診されたみのが受諾したという経緯がある[4]。ちなみにみのは大学の後輩である。 『徹子の部屋』(1979年、テレビ朝日)にゲスト出演した後、トーク番組へのゲスト出演がほとんどなかったが、2011年(平成23年)11月5日放送分の『サワコの朝』(MBS・TBS共同制作)にゲスト出演。その後、2012年6月に『徹子の部屋』と『大沢悠里のゆうゆうワイド』に出演している(いずれも2012年6月29日放送分)。また、2016年2月5日放送にも久々に『大沢悠里のゆうゆうワイド』に出演している。 2012年(平成24年)9月以降は地上波におけるレギュラー番組は『サンデーモーニング』のみとなっている。なお、BS-TBSでは2010年4月から継続して紀行・ドキュメンタリー番組の司会を務めている(『関口宏のザ・ベストセレクション』→『関口宏の昭和青春グラフィティ』→『関口宏の風に吹かれて』→『関口宏の人生の詩』→『関口宏ニッポン風土記』)。 2013年(平成25年)7月21日、選挙特別番組『夏の決戦!参院選2013 ニッポンどこへ行く!』で初めて選挙特番のメインキャスター担当。「家でビールを飲みながら見るものだと思っていた」とこれまで選挙特番への出演依頼を断っていたが、今回は「自分の年齢もあるし、1回くらい経験しておいた方がいいかなと思って」オファーを引き受けたという[5]。 2014年(平成26年)、元テレビ朝日会長の君和田正夫と共にウェブサイト「独立メディア塾」を開設。以後、関口自身も定期的にコラムを投稿している。 2015年(平成27年)、第23回橋田賞特別賞を受賞[6]。 2021年2月5日、『徹子の部屋』に出演[7][8]。
2010年代
2020年代
2024年3月31日、36年6か月間司会を務めていたサンデーモーニングを引退。サンデーモーニングは4月から新たな司会を迎えて継続される。
人物
趣味
ハワイアンミュージックにも造詣が深く、「 ⇒アロハ・アゲイン」というCD付きブックをプロデュース(本とCDジャケットの写真撮影を写真作家・浅井慎平が担当)した。芸能界屈指の鉄道模型マニアでもある。
交友関係
山田邦子が芸能界に入る際、反対していた山田の父を懸命に説得し、最終的に認められたと言う逸話がある(そのため、山田にとって関口は恩人としている)。後にドラマ『野々村病院物語』で共演している。山田は芸能界デビュー前に『クイズ100人に聞きました』に家族で挑戦したが予選で敗退。その後、BS-TBS『関口宏の風に吹かれて』の「浅草に吹くエンターテイメントの風 今昔物語」(2012年10月30日・前編、2012年11月6日・後編)で共演している。
エピソード
10歳の頃、自宅にテレビが置かれたことは一大事件だったと述べている[9]。
自身の生業を常に「テレビ屋」と表現している[10]。
東京を離れた暮らしをしたことがなく、若い頃は東京出身者であることを誇りに思い、地方の仕事から東京駅に帰ってきて「ほっ!」としたこともあったというが、年を重ねる後に若い頃には気がつかなかった、その土地その土地の人々の暮らし向きに、同じ日本人でありながら知らなかった面白い話が沢山あることに驚かされ、元気なうちにもっと知っておきたいと思うようになったといい、そのことが『ニッポン風土記』のオファーを引き受ける理由となった[10]。
1985年頃に購入した世田谷区の自宅に長らく住んでいたが、現在は港区にあるタワーマンションに夫婦で転居している。世田谷区の自宅は解体済で、土地も売却されている[1]。
75歳で自動車の運転免許を返納した[11]。
出演番組
テレビ
NHKテレビ
東京の山賊(1970年4月)
ステージ101(1970年1月 - 9月。土曜20:00 - 21:00)
銀河ドラマ
「現代騎士道
何かある?
NHK大河ドラマ
「元禄太平記」(1975年) - 堀部安兵衛
銀河テレビ小説
「焚火」(1979年6月 - 7月)
そもそも(2008年9月28日) - 司会
まるごと知りたい!AtoZ(2013年1月1日 - 2014年7月26日) - 司会