3回原爆投下を試みたが、果たせなかったスウィーニーは小倉から攻撃開始地点の姫島へ戻ろうとした。コックピットの他の隊員から第2目標の長崎行きを勧められる。突然、スウィーニーは右旋回して長崎の方向に向かった[10]。このとき、右側後方を飛行していたボック大尉操縦のグレート・アーティストと危うく空中衝突しそうになる[11]。スウィーニーは航法士にボックの位置を確認するため振り向いたとき「ボックはどこだ?」と聞いたが、この際にインターフォンと間違えて通信機器に触れて無線封止の命を破る形となり、「ボックはどこだ?」という音声通信はホプキンス中佐が操縦するビッグ・スティンクに伝わってしまった[8]。ボックは左側後方を無事に飛行していた。直後、「チャック! どこにいる?」というホプキンス中佐からの音声通信が返ってきたが、それには答えることなく長崎へ向かった[12]。ビッグ・スティングは、いまだ屋久島上空で旋回していた[8]。長崎への天候観測機ラッギン・ドラゴンは「長崎上空好天。しかし徐々に雲量増加しつつあり」とすでに報告していたが、それからかなりの時間が経過しておりその間に長崎市上空も厚い雲に覆い隠された。ボックスカーは小倉を離れて約20分後、長崎県上空へ侵入、午前10時50分頃、ボックスカーが長崎市上空に接近した際には、高度1,800メートルから2,400メートルの間が、80パーセントから90パーセントの積雲で覆われていた[13]。
補助的にAN/APQ-7“イーグル”レーダーを用い、北西方向から照準点である長崎市街中心部上空へ接近を試みた。スウィーニーは目視爆撃が不可能な場合は太平洋に原爆を投棄せねばならなかったが、兵器担当のアッシュワース海軍中佐が「レーダー爆撃でやるぞ」とスウィーニーに促した[注釈 13]。命令違反のレーダー爆撃を行おうとした瞬間、本来の投下予定地点より北寄りの地点であったが、雲の切れ間から一瞬だけ眼下に広がる長崎市街が覗いた。ビーハンは大声で叫んだ。「街が見える!」「Tally ho![注釈 14] 雲の切れ間に第2目標発見!」
スウィーニーは直ちに自動操縦に切り替えてビーハンに操縦を渡した。工業地帯を臨機目標として、午前10時58分、高度9,000メートルから「ファットマン」を手動投下した。ファットマンは放物線を描きながら落下、約4分後の午前11時2分、市街中心部から北へ約3キロメートルそれた(目標地帯からは500?600m北とする説もある[14])松山町171番地の別荘のテニスコート上空503メートル±10メートル[注釈 15]で炸裂した[注釈 16]。
「ボックスカー」は爆弾を投下直後、衝撃波を避けるため北東に向けて155度の旋回と急降下を行った。爆弾投下後から爆発までの間には後方の「グレート・アーティスト」から爆発の圧力、気温などを計測する3個のラジオゾンデが落下傘をつけて投下された[注釈 17]。これらのラジオゾンデは、原爆の爆発後、長崎市の東側に流れ、正午頃に戸石村上川内(爆心地から11.6キロメートル)[15][16]、田結村補伽(同12.5キロメートル)[17][18]、江の浦村嵩(同13.3キロメートル)[19]に落下した[20][注釈 18][注釈 19]。
「ボックスカー」と「グレート・アーティスト」はしばらく長崎市上空を旋回し被害状況を確認し、テニアン基地に攻撃報告を送信した。長崎を090158Zに有視界で爆撃した。戦闘機の迎撃も、対空砲火もなし。