都督
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魏との前線を担当する漢中都督、との前線を担当し白帝城に拠る永安都督、益州の南部の異民族に備えた?降都督、そしてそれら三軍の後方支援・兵站を担当する巴郡江州県に駐屯する江州都督の四都督が有名である[1][3]。この他に、劉備東征諸葛亮北伐の軍編成において本軍の前後左右の軍を統括する「督部・部督」や別動隊を指揮する「別督」、拠点等の規模を督軍する「督」「督軍」、関羽が任じられた「董督」などの役職も史書に散見される。

その後、六朝時代を通じて都督の官名が使われた。代には節度使が置かれたため、その権限は縮小したが、代には宰相の出征時に都督の称が臨時に使われたほか、元朝明朝にも大都督府の名称が見られた(→五軍都督府)。清朝では都督の名称は使われなくなったが、辛亥革命後、地方の軍政担当官として都督が置かれた。また、高句麗百済といった周辺民族の王に対しても「都督◯◯諸軍事・△△将軍」の称号が与えられ(→将軍)、近隣諸国・諸民族懐柔策に用いられることがあった。
4世紀 - 6世紀アジア外交における都督

倭の五王が授かった「都督諸軍事」西暦  王名仮授(自称/中国に請求したもの)除正(中国から授与されたもの)備考
438年倭珍都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事n/a[4]
451年倭済都督倭・百済・新羅・任那・秦韓・慕韓六国諸軍事都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍[5]
478年倭武都督倭・百済・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓七国諸軍事都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓・慕韓六国諸軍[6]
479年倭武 都督倭・新羅・任那・加羅・秦韓〈慕韓〉六国諸軍事による一方的な陞爵の可能性。[7]

新羅王が授かった都督西暦  王名(臣下名)  都督号(仮授)都督号(除正)備考
675年金法敏 ?林州大都督による。王。金仁文の兄。
687年金理洪   ?林州都督武周による。
702年金興光 ?林州都督武周による。
713年金興光 大都督?林州諸軍事による。
785年金良相 都督?林州刺史による。
812年金彦昇 持節・大都督?林州諸軍事による。
831年金景徽 使持節・大都督?林州諸軍事による。
841年金慶膺 使持節・大都督鶏林州諸軍事による。

日本における都督

日本人では
阿倍仲麻呂が唐朝に出仕し、?州大都督の官名を贈られている。

日本の官制では大宰帥唐名を都督という。

藤原仲麻呂淳仁天皇に願って「都督四畿内三関近江丹波播磨等国兵事使」に任じられた。(→藤原仲麻呂の乱

明治維新後、天皇直轄軍の司令部として近衛都督府が置かれた。

大日本帝国時代、中国関東州関東都督府が置かれた。

脚注[脚注の使い方]
出典^ a b 洪飴孫『三国職官表』
^ 陶元珍『三国呉兵考』
^ 嚴耕望『中国地方行政制度史』
^ 河内 2018, pp. 73?79.
^ 河内 2018, pp. 103?107.
^ 河内 2018, pp. 128?129.
^ 河内 2018, pp. 210?211.

参考文献

河内春人『倭の五王 王位継承と五世紀の東アジア』中央公論新社〈中公新書2470〉、2018年1月19日。.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 978-4-12-102470-1。 

関連項目

冊封

将軍


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