遺伝子工学
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これにより、特定の遺伝子の突然変異によって何が起こるかを明らかにでき、特に発生学への寄与が大きい。

これには動植物や微生物を対象として、個体群にランダムな突然変異を導入し、子孫の中から目的の変異を持つものを選抜する方法が含まれる。これは従来から用いられてきた方法で、必ずしも遺伝子操作によるものではない。

これに対し、遺伝子操作によって特定の遺伝子を破壊する方法を遺伝子ノックアウトという。動物においては、組換えDNAを胚性幹細胞に取り込ませ、ここで元来持っていた遺伝子が操作した遺伝子で置き換わる。この細胞を胚に注入して個体にまで育成する。

ノックアウトに類似の方法で、遺伝子ノックダウンというものがある。これは遺伝子自体を破壊するのでなく、RNA干渉などにより遺伝子の発現を阻止する方法であり、ノックアウトよりはるかに容易に実行できる場合が多い。
ノックイン詳細は「ノックイン」を参照

ノックアウトと逆に、ある遺伝子の機能を増強する方法である。これには遺伝子コピー数を増やす方法と、発現量を増やす方法がある。
トラッキング(追跡)実験

目的のタンパク質を追跡して、細胞内での局在や相互作用について情報を得る方法である。この方法の一つとしては、野生型遺伝子をGFPなどのレポータータンパク質との融合遺伝子に置き換える方法がある。これにより目的タンパク質がリアルタイムで可視化できる。ただしこうすることで蛋白質の性質が変化してしまうこともあるので注意を要する。さらに改良法として、タンパク質分子に機能には影響を与えないような小さいペプチドタグを付け、抗体で追う方法も試みられている。
応用

最初の遺伝子組換え医薬はヒトのインスリンで、アメリカで1982年に承認された[2]。もう一つの初期の応用例にはヒト成長ホルモンがある[3]が、これは以前には遺体から抽出されていたものである。1986年には最初のヒト用組換えワクチンであるB型肝炎ワクチンが承認された。これ以後、多くの遺伝子組換えによる医薬・DNAワクチンが導入されている。

このほかに遺伝子工学の応用としてよく知られるのは、すでに実用化されている遺伝子組換え作物などを含む遺伝子組換え生物 (GMO) である。まだ実用化はされていないが有望視され研究されているものに、経口用ワクチンやアレルギー治療用ペプチドを、作物で安価に生産する試みがある。

ヒトを遺伝的に「改良」することは倫理上の重大問題だとする意見がある一方、体の一部の細胞に必要な遺伝子を導入して(生物種としてのヒトを変えることにはならない)不足・欠失している機能を補う遺伝子治療は有望視され、すでに治験段階に入ったものもある。
危険性と規制

1970年代の遺伝子工学の発展により、生物学・医学に対する無限の可能性が生まれたと多くの研究者が考えたのに対し、バイオハザードの現実的危険を訴える声も挙がり、倫理的問題も指摘された。ポール・バーグによる最初の本格的な遺伝子組換え実験を契機として、1975年アシロマ会議で遺伝子組換え実験の規制に関する議論が行われ[4]、その後の自主的規制の基礎的枠組みが構築された[5]

2003年には生物多様性保護の観点からカルタヘナ議定書が締結され、現在締約国はこれに基づく法的規制(日本ではカルタヘナ法)を行っている。

2015年にはCRISPRを用いた世界初のヒト受精卵の遺伝子操作が中国で行われ、国際的に物議を醸した[6][7]。2016年にも世界で2例目のヒト受精卵のゲノム編集が中国で行われ[8]、同年10月に世界初のゲノム編集の人体応用となる臨床試験[9][10]、翌年2017年3月には世界初の正常なヒト受精卵へのゲノム編集[11]も中国で行われ、さらに2018年11月には中国人科学者が世界で初めてデザイナーベビー「露露と娜娜(ルルとナナ)(英語版)」の誕生を発表して中国当局の調査で実在を確認[12]され、この科学者はヒト免疫不全ウイルス(HIV)への耐性を与えることを目的としたこの遺伝子操作が脳機能と認知能力の強化をもたらしたとする動物実験に言及していたことから人間強化の一種である知能増幅を行った可能性も懸念され[13][14]、これに対して日本医師会日本医学会のような学会も非難[15]し、世界保健機関(WHO)はゲノム編集の国際基準を作成するための専門家委員会を設置[16][17]するなど世界的な波紋を呼んだ[18][19]。CRISPR/Cas9をはじめとした、ゲノム編集技術に対しては、ヒトの受精卵等の生殖細胞についての倫理的な懸念がもたれていたが、着床させる操作が国際的な学会の合意により自主規制されることになった[20]。但し、定期的に規制を見直すべきとも述べられている[21]。なお、日本国内に限れば、厚生労働省によるガイドラインで、生殖細胞と受精卵の遺伝子改変を着床の是非に関わらず全面的に禁止している[22]

遺伝子組換え体の菌種の培養容量は20リットル以内に制限されている[23]。一方、突然変異体であればこのような培養容量の制限は無い[23]
脚注[脚注の使い方]^ Stableford BM (2004). Historical dictionary of science fiction literature. p. 133. ISBN 978-0-8108-4938-9.
^ 松本邦夫「シンポジウムの序:生理活性タンパク質・医薬・ベンチャー」、金沢大学がん進展制御研究所、2013年2月、.mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}hdl:2297/35008、2023年11月21日閲覧“共同利用・共同研究拠点「がんの転移・薬剤耐性に関わる先導的共同研究拠点」” 
^ 石川雅敏「ジェネンテック社におけるイノベーションのダイナミクス」『研究 技術 計画』第22巻3_4、研究イノベーション学会、2008年、212-219頁、2020年3月6日閲覧。 
^ P Berg; M F Singer (1995). “The recombinant DNA controversy: twenty years later.”. Proceedings of the National Academy of Sciences 92 (20): 9011-9013. doi:10.1073/pnas.92.20.9011. https://doi.org/10.1073/pnas.92.20.9011. 
^ P Berg; D Baltimore; S Brenner; R O Roblin; M F Singer (1975). “Summary statement of the Asilomar conference on recombinant DNA molecules”. Proceedings of the National Academy of Sciences 72 (6): 1981-1984. doi:10.1073/pnas.72.6.1981. https://doi.org/10.1073/pnas.72.6.1981. 
^ “ ⇒ヒト受精卵に世界初の遺伝子操作?中国チーム、国際的な物議”. ウォール・ストリート・ジャーナル (2015年4月24日). 2015年11月30日閲覧。


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