進化心理学
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進化心理学は心理学の分野ではなく、ヒトの心を理解するためのアプローチ、視点の一つである[3]。ヒトの心や行動は脳によって生成され、脳は自然選択によって人類の進化の過程で形作られた。しかし人間の本性の多くは無意識下に働くために、ウィリアム・ジェームズの言葉で言う「本能的盲目」(そこに説明すべき物があることに気付かない)に陥る。進化的な視点は本能的盲目を打ち破ることができると考える[4]

進化心理学者は仮説構築のためのメタ理論として一般的に次のような前提を置く[5]
体の器官はそれぞれ異なる機能を持っている。心臓はポンプであり、胃は食物を消化する。脳は体の内外から情報を得て、行動を引き起こし、生理を管理する。したがって脳は情報処理装置のように働く。脳も他の器官と同様、自然選択によって形作られた。進化心理学者は心の計算理論を強く支持する。

ヒトの心と行動を理解するためにはそれを生成する情報処理装置を理解しなければならない

我々の脳のプログラムは主に狩猟採集時代の経験と選択圧によって形成された。

そのプログラムが引き起こす行動が現在でも適応的だという保証はない。

恐らくもっとも重大な点は、脳は様々な問題に対処するために多くの異なるプログラムを持つ。異なる問題は通常、異なる進化的解法を必要とする。このプログラムの一つ一つが臓器と見なすことができる。

心のプログラムは我々の経験を再構成し、判断を生成し、特定の動機や概念を生み出す。また情熱を与え、他者の振る舞いや意図の理解に繋がる文化普遍的な特徴を与える。そして他の考えを合理的である、興味深い、忘れがたいと感じさせる。プログラムはこうして人間が文化を創る基盤の役割を果たす。

進化心理学は次に、心のプログラムを発見し、理解するために適応主義アプローチと呼ばれる手法を用いる。適応主義者は種普遍的に見られる特徴が生物学的適応、すなわちそれを持つ個体の生存と繁殖成功に寄与したために広く見られるのだと仮定し、仮説を構築する。その仮説は実際の検証を経て受け入れられるか棄却される。
適応主義

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適応主義的アプローチで用いられる主な理論は次の通りである[6]

自然選択?生物が繁殖するとき表現型を形作る元となる遺伝子は子に受け継がれる。しかし遺伝子の複製は正確とは限らない。そのためにランダムな変異が起こり、変異のバリエーションは個体の間で生存と繁殖成功率の差をもたらす。変異がその持ち主を成功させるとき、結果的にその変異は集団中に広まり(正の選択)、持ち主の成功を妨げるときにその変異は集団中から取り除かれる(負の選択)。自然選択は通常遺伝子に対して働く。個体の成功はその近似として扱うことができる。群れや集団が選択の対象となるかは論争的である。

血縁選択?適応がどのように遺伝的に受け継がれるかには二つのパターンがある。一つは親から子を通してである。子供を作り、育て、社会で成功させることは結果的に遺伝的成功に繋がる。もう一つは直系ではなく傍系の親族を通してである。親族が飢えているときに親族を助けるプログラムは、見捨てるプログラムよりも相対的に成功する。

性選択親の投資親子の対立ハンディキャップ理論互恵的利他主義


至近因と究極因詳細は「ティンバーゲンの4つのなぜ」を参照

@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}心理学の伝統的なアプローチは至近因に関する研究と言うことができる。進化心理学は至近因を形作った究極因に注目する。進化心理学者が特定の行動や心の働きを「適応的」だと言うとき、それはその行動が(少なくとも祖先の環境では、平均的には)生存と繁殖成功を高めたという意味だが、「個人が生存と繁殖成功を高めることを動機として行っている」と言う意味ではない。自然選択の結果、それは一種の直観(例えば道徳的判断のような)あるいは学習の傾向(甘い物は好みやすい、高所やヘビに対する恐怖を身につけるのはたやすいというような)としてあらわれると予測できる[要出典]。
進化適応環境

進化適応環境(Environment of evolutionary adaptedness、EEA)とは生物の適応を形作った選択圧の統計的な複合物のことを指す。通常、進化心理学者は更新世石器時代の環境を強調する。しかしEEAは特定の場所、特定の時間を意味していない。ある適応を形作った選択圧や環境と、別の適応を形作った選択圧や環境が同じであるとは限らない。例えば地球の明るさ(それは我々のを作った)は大まかには数億年以上一定であった。

行動は化石にならないために、過去の心理を特定するのは不可能であると主張されるが、祖先のことについて数多くのことが知られている。我々の祖先に眼があったことはほぼ確実で、その眼は外部の情報を取得するのに使われた。バロン=コーエンはそれを用いて人がどのように他人の心を読むのかを研究した。祖先の時代にはまた物理法則が日々を支配し、男と女はつがいになり、怪我をすれば出血し、捕食者や寄生虫、病原菌の危険にさらされ、兄妹と結婚すれば有害な表現型に苦しめられた[5]
心のモジュール性詳細は「心のモジュール性」を参照

ジェリー・フォーダー心のモジュール性を提唱すると、進化心理学者はこれを支持した。そしてフォーダーが想定した以上のモジュールを仮定した。これを大量モジュール仮説(Massive Modular Hypothesis、MMH)と呼ぶ[7]。モジュールがどのように存在するか、高次の認知プロセスもモジュール化されているのか、モジュール同士がどれだけ独立しているかなど詳細には合意がない。以下の説明はレダ・コスミデスジョン・トゥービーらの想定するモジュールである。モジュールは通常、領域特異的、あるいは内容特異的システムなどと呼ばれる。より高次の認知能力や、極端な行動主義で想定されていた汎用学習装置は領域一般的システムなどと呼ばれる。

領域一般的
情報処理装置は領域一般的であっても、同時に専門的機能を持つことがあり得る。それは多くのモジュールに作用することができる。古典的条件付けとオペラント条件付けは適例を提供する。伝統的な視点では、時間的・空間的な連続性が学習装置に刻みつけられると考えたが、適応主義的アプローチでは条件付けを引き起こすメカニズムは野生で効率的に採餌するために機能が特化されていると考える。報酬の量は餌を探し回る状況によって異なるために、上手く設計された装置は程度の違いに敏感でなくてはならず、採餌率の変化に気付かなければならない。

領域特異的
領域制限された装置は内容を与えられることができる。例えば人間の顔認識モジュールは幼児が両親の顔を見分けるのに役立つが、植物を認識するのには役に立たない。このような内容(や傾向)を含んだ専門領域は、内容のない推論システムよりも急速な学習を可能とする。

大量モジュール仮説では顔、感情、場所、動物、ヘビ、体の部位、果物と野菜、植物、血などを即座に判別する認識モジュールがあると考える。また認知的発達の研究はいくつかの専門化された推論モジュールが存在することを示唆する。例えば素朴心理学、素朴生物学、素朴物理学、数の概念などである。自閉症前頭葉を損傷した人は他者の心を推論するのが上手くないが、他の物理的推論能力はおおむね平常である。コスミデスらは人間の多目的で柔軟な思考と行動は、多数の進化的な専門システムを含む認知構造の上に成り立つと考える[4]が、ポール・ロジンのような他の人々は各モジュールの相互作用が一般認知能力だと考える。
心の生得性への進化心理学的視点

本能理性学習は対極にあるとみなされ、ヒトは本能が消失していると考えられることがあるが、しかし直観的推論や学習には次のような特性がある。
複雑に特殊化されていて適応問題を解くことができる

通常、全ての人に確実に発達する

意識的な努力無しでも発達する

認識せずとも作動する

知的に振る舞うと言うような他の一般的な能力とは明らかにことなる

プログラムの出力は一種の直観となってあらわれる。網膜の働きに意識的にアクセスできないように、その動作に気付くことはない[5]

生まれと育ちのどちらが相対的に重要かという議論に対しては(他の認知科学者と同様に)進化心理学者は生まれか育ちか、本能か理性か、生得的か経験的か、生物学的か文化的かという単純な二分法を否定する。環境が個体に与える影響は、進化的に形作られた認知機構の詳細に強く依存する。環境の影響は生得論と一貫性がある。

全ての種には、種普遍的、種典型的な進化的に形作られた構造がある。しかしそれは(全く同一の胃が無いように)個性がないという意味ではない。「認知的構造」は遺伝子と環境の産物である。それは人間の(特に祖先の)通常の環境の範囲内では確実に発達するような性質を持っている。進化心理学者は発達において遺伝子が環境以上に、生得性が学習以上に重要な役割を果たすとは仮定しない[4]
標準社会科学モデル詳細は「標準社会科学モデル」を参照

進化心理学者はヒトの心を空白の石版と仮定する経験主義を標準社会科学モデル(Standard Social Science Model、SSSM)と呼んで批判した。極端な行動主義もこれに含まれる。

しかしオペラント条件付けでさえ、報酬の頻度によって振る舞いを変えるような複雑な学習プログラムが無ければ働かない。古典的条件付けはより率直に多くのプログラムの存在を仮定する。どのような行動であれ、プログラムと環境からの入力の相互作用によって引き起こされる。

一部の人は、生まれた時から存在しないのであればそれは学習の結果であると見なす。しかし、例えば高所恐怖症は這うことができない赤ちゃんには存在しない。それは学習していないからだと主張できると同時に、自然選択が這うことができない赤ちゃんに高さへの忌避を与える必要がなかったからであるとも主張できる[要出典]。
社会生物学・人間行動生態学

進化心理学は(人間)社会生物学や人間行動生態学、ヒューマン・エソロジーと同一視されることがある。進化心理学者は通常、社会生物学の支持者であり擁護者である。しかし社会生物学は自然選択の働きに注目し、計算機理論やより心理学的な側面へ関心を向けなかった。


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