近世哲学
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マルブランシュニコラ・ド・マルブランシュ(1638年-1715年)詳細は「マルブランシュ」を参照.mw-parser-output .ambox{border:1px solid #a2a9b1;border-left:10px solid #36c;background-color:#fbfbfb;box-sizing:border-box}.mw-parser-output .ambox+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+link+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+style+.ambox,.mw-parser-output .ambox+.mw-empty-elt+link+link+.ambox{margin-top:-1px}html body.mediawiki .mw-parser-output .ambox.mbox-small-left{margin:4px 1em 4px 0;overflow:hidden;width:238px;border-collapse:collapse;font-size:88%;line-height:1.25em}.mw-parser-output .ambox-speedy{border-left:10px solid #b32424;background-color:#fee7e6}.mw-parser-output .ambox-delete{border-left:10px solid #b32424}.mw-parser-output .ambox-content{border-left:10px solid #f28500}.mw-parser-output .ambox-style{border-left:10px solid #fc3}.mw-parser-output .ambox-move{border-left:10px solid #9932cc}.mw-parser-output .ambox-protection{border-left:10px solid #a2a9b1}.mw-parser-output .ambox .mbox-text{border:none;padding:0.25em 0.5em;width:100%;font-size:90%}.mw-parser-output .ambox .mbox-image{border:none;padding:2px 0 2px 0.5em;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-imageright{border:none;padding:2px 0.5em 2px 0;text-align:center}.mw-parser-output .ambox .mbox-empty-cell{border:none;padding:0;width:1px}.mw-parser-output .ambox .mbox-image-div{width:52px}html.client-js body.skin-minerva .mw-parser-output .mbox-text-span{margin-left:23px!important}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .ambox{margin:0 10%}}

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スピノザスピノザ(1632年 - 1677年)詳細は「スピノザ」を参照

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ライプニッツライプニッツ(1646年 - 1716年)詳細は「ゴットフリート・ライプニッツ」を参照

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経験論詳細は「イギリス経験論」を参照
ロックロック(1632年 - 1704年)詳細は「ジョン・ロック」を参照

イギリス経験論の父はジョン・ロックである。彼は、観念は感覚(sensation)もしくは反省(reflection)から発生すると考え、認識の起源は経験であるとした。彼によれば、観念には単純観念と単純観念が合わさって形成した複合観念があるが、このような観念の結合・一致・不一致・背反の知覚が知識である。したがって、全ての観念と知識は人間が経験を通じて形成するものだということになる。

精神、物体、神の三つが実体であるという結論では、ロックとデカルトとの間に差異はないが、その説明に差異がある。デカルトの実体概念は他に依存せず独立して存在するものというものであるが、ロックはこれを批判し、実体概念を複合観念の一種とする。彼によれば、単純観念の諸属性の基となる何ものかがあると人は更なる基礎づけを求めたくなるが、その何ものかは説明不能なのである。しかし、それが存在することをわれわれは直観的に知っている。それが精神である。ロックは、真理を直観によって明証に知り得るとする点でデカルト主義者であり、「人間の理性」に対する信頼は合理論となんら違いはない。デカルトのように神による保証なしという点が合理論と異なるだけである。また、ロックは、同様の理屈から、無からは何も生じないこともわれわれは直観的に知っており、万物の根源たる神が実体であることは認めざるを得ないとする。このことから、彼は、精神と神の存在についての知識は確実であるとする。しかし、自然哲学、つまり物体に関する知識は確実なものではなく、蓋然性を得るにとどまる。ロックもデカルト同様、数学に関しても論証的知識に属するとしてその確実性を否定したわけではなかった。ロックは、反省によって生成された観念を理性によって演繹すること認めるので、その限りで、ロックはデカルト主義者であるということもできる。しかし、ロックによれば、物体の性質は、固性・延長性・形状等の外物に由来する客観的な「第一性質」(primary quality)と、色・味・香等の主観的な「第二性質」(secondary quality)に分かれるが、我々が知ることはできるのは後者のみであるとする。その限りでロックは懐疑論者である。しかも、ロックは、それすらも経験によって全てを知ることはできず、その蓋然性を得るにすぎないとしたのである。経験論は、このような懐疑論的契機をもともと持っていたのであり、それはバークリを介してヒュームにおいて結実することになる。
バークリジョージ・バークリ(1685年-1753年)詳細は「バークリ」を参照

ジョージ・バークリーは、ロックの経験論を承継しつつ、ロックが物体を実体とした上で、物体の第一性質と第二性質を区別したことを批判した。彼は、両者の区別を否定し、実体とは同時的なる観念の束(bandle or collection of ideas)に他ならないと考えた。このような考え方から、彼は、物体が実体であることを否定し、知覚する精神と、神のみを実体と認めた。このことを端的に表す有名な言葉として「存在とは知覚されてあることである」(There esse is percipi)がある。ロックの経験論は独我論懐疑論の中道を目指す経験的実在論を基礎にしていたが、バークリはロックに潜むデカルト主義者的観念論を見出し、デカルトと同様に神を持ち出さざるを得なくなったのである。
ヒュームヒューム(1711年- 1776年)詳細は「デイヴィッド・ヒューム」を参照

デビット・ヒュームは、バークリーの観念論を継承し、自我さえも「感覚の束」であるとしてその実在性を否定した。彼は、 主著『人間本性論』において、あらゆる観念の理性による基礎付けを否定し、当時の自然科学の知見に基づき、観念の形成過程を分析した。ヒュームによれば、人間の「知覚」は印象(impression)と、そこから創出される観念(idea)の二種類に分けられるが、全ての観念は印象から生まれる。印象は人の意識に強く迫ってくるいきいきとしたものであるが、なぜそれが生じるのか説明のつかないものであり、観念は印象の色あせた映像にすぎない。この観念が結合することによって知識が成立するが、知識には数学や論理学のように確実な知識と蓋然的な知識の二種がある。観念の結合について「自然的関係」と「哲学的関係」の2種があり、前者は「類似」(similarity)・「時空的近接」(contiguity)・「因果関係」(causality)があり、後者は量・質・類似・反対および時空・同一性・因果がある。その上で、ヒュームは、因果関係の特徴は必然性にあるとしたが、一般に因果関係といわれるpとqのつながりは、人間が繰り返し経験する中で「習慣」(habit)によって心の中に生じた蓋然性でしかないと論じ、理性による因果関係の認識の限界を示したのである。ロックは、経験的実在論を基礎に、独我論と懐疑論の中道を求めたのであるが、同じく経験から出発して当初の目的とは正反対の結論が導き出されてしまったのである。


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