軍事
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さらに人文科学の視座を持ち込めば、戦争に関する文学的記述、戦闘の様相に関する歴史的観察、戦闘における兵士の心理的反応などの着眼点も指摘することができる[注釈 7]。つまり軍事とは軍隊の活動である戦争と戦闘において勝利するための諸々の問題であるが、広義においては上記で述べたような複雑な諸問題を含んでいる。

複雑さに加えて軍事という問題は時代に応じて流動的である。軍隊の使命は歴史を経て変化しつつあり、古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが『歴史』で叙述したペルシア戦争において軍隊は敵の軍隊を殲滅することのみを使命としていた[3]。しかし近代においてポーランドの戦争研究者イヴァン・ブロッホは『将来の戦争』では戦争が軍事技術の進歩によって大量の損害を伴う長期戦に発展すると論じ、第一次世界大戦第二次世界大戦の様相を予測した[注釈 8]。また冷戦後ではイギリスの軍人ルパート・スミスが『軍事力の有用性』で戦争の歴史的変容を指摘しており、戦争は国家の武力衝突や敵軍の殲滅、領土の占領に特徴付けられるものではなく、人々の間で生じる戦争、前線と後方の混在などに特徴付けられる戦争に変化していると論じた[注釈 9]。三者は一様に戦争について論じているものの、その問題意識はそれぞれ異なっている。ヘロドトスが描いた戦争では戦場で刀剣などで武装した両軍が機動や打撃を行っていたが、ブロッホが予測した戦争においては高度な火力戦闘を行う両軍が決定的戦果を挙げることができることなく全ての国力を動員した長期戦となり、スミスの戦争観では敵の存在が不明確な混乱地帯において軍隊が行動するというものである。このように軍事において問題意識の力点が変化し続けており、現在において新しい課題が出現し続けている。

軍事の全般的な理解のために、ここでは主に社会科学の見地から述べており、そのため本項目では軍事に関する基本的な主題を戦争、軍事システム、戦争能力、軍事ドクトリンとまとめている。これら四つの主題に沿って、戦争の理論的枠組み、戦争の一つの形態である総力戦、制限戦争、ゲリラ戦の特性、戦争の政治理論としての国際政治の問題、戦争法の枠組み、国防の基本概念、軍隊の制度的成り立ち、指揮統制の基本システム、軍事教育のあり方、政府と軍隊の関係、軍事能力の機能と種類、陸上戦力、海上戦力、航空戦力の概念、軍事力を支える経済的基盤、そして軍事行動を指導する安全保障政策、軍事戦略、戦術、兵站、そして戦争以外の作戦について説明する。詳細については個別の記事で述べている。また本項目では取り上げられなかった戦争や軍隊、戦闘の歴史的説明については軍事史を、工学的見地に基づく諸々の装備については兵器を、各国の軍事情勢については各国の軍事各国の軍隊の一覧から該当する記事を参照されたい。
戦争
戦争理論詳細は「戦争」および「戦争哲学」を参照

戦争が国家の存亡を決定する極めて重大な出来事であることは古来から『孫子』が論じてきたことである。戦争において国家は敵の軍事力によって安全を脅かされる事態に直面するのであり、それは領土や都市の破壊と占領、国民の生存とその財産所有権の侵害、政治的自由や独立の制限などの方法で行われる[注釈 10]。同時に戦争は社会現象の中でも特に分析が難しい複雑な主題の一つであり、戦闘などの軍事的な出来事だけで生じるのではなく、対外政策や国内での政治過程などの政治的文脈に基づいて生起するものである。しかもその展開においては戦時特有の動員や生産などの経済的要素、国民心理などの社会的要素と関連するものである。しかも戦争は敵国と自国の相互作用によって生じた結果であるため、戦争において最適な意思決定が何であるかを明確に理論化することはできない[注釈 11]。つまり重大な戦争の原因とその実態を理解するためには、その複雑性を概観できる理論的な把握が必要となる。

プロイセンの軍事学者カール・フォン・クラウゼヴィッツは『戦争論』において戦争の一般理論を構築した戦略家である。彼は二人の間での決闘に戦争をなぞらえた上で、戦争とは「敵を強制してわれわれの意志を遂行させるために用いられる暴力行為である」と説明しようとした。そして戦争において生じる暴力は相互作用によって無制限に極大化する法則があることを明らかにした上で、そのような戦争を絶対戦争として定式化した。絶対戦争では軍事的な合理性の下であらゆる事柄が徹底的に合理化され、最大限の軍事力が敵を殲滅するために使用されることになる。ただし戦争は単に軍事において完結する現象ではないことにクラウゼヴィッツは注意を払っており、この絶対戦争のような形式が現実に起こっている戦争とは異なることを認識していた。つまり戦争は固有の法則に従って無制限に暴力性を高めるだけではなく、その戦争行為を制限することができる政治的目的を伴うものである。戦争の発生には必ず外交的または経済的、心理的な情勢が起因しており、あらゆる戦争は政治的目的を究極的には達成しようと指導されるものである[5]。このクラウゼヴィッツの戦争理論は「戦争は他の手段を以ってする政治の継続である」と理解されており、戦略研究では広く参照されている。

しかし現代の戦略研究ではクラウゼヴィッツが前提としていた主権国家による戦争が戦争の全てではないことが分かっている。非国家主体によって戦争が遂行される可能性を提唱したのは社会主義の政治イデオロギーを掲げて革命戦争を指導したマルクス主義者たちであった。レーニンはクラウゼヴィッツが定式化した戦争と政治の関係を再解釈し、政治を武力によらない戦争、戦争を武力による政治であると捉えて革命戦争の理論に適用した。このことでパルチザン部隊による戦争の形態が成立することになり、国家と国家の戦争という図式は陳腐化することになった[注釈 12]。またクラウゼヴィッツに対する批判を展開する戦略研究者のマーチン・ファン・クレフェルトは『戦争の変遷』において戦争の歴史的事例に基づいて理論を構築している。クラウゼヴィッツの戦争理論での国家の前提は政府軍隊国民から成立している三位一体の戦争モデルであったが、クレフェルトは非三位一体の戦争が存在することを指摘しており、したがってクラウゼヴィッツの理論が主権国家による戦争に限定されたモデルであると論じている。つまり必ずしも戦争は理性的な政治の延長ではなく、むしろ宗教正義などの価値観を実現するための手段として行われているものと考える[注釈 13]
総力戦詳細は「国家総力戦」を参照

総力戦 (Total war) とは戦争が採りうる形態の一つであり、軍事力の行使だけでなく、軍事力を支える経済的基盤を構成する工業生産力や労働力の総動員、民間人の全国的な戦争協力、そして戦争遂行を正当化するためのイデオロギーや思想の宣伝活動などを伴うような、国家の総力を挙げる戦争遂行の形式である。このような概念を提唱したのは第一次世界大戦で敗北したドイツ軍を指導した軍人エーリッヒ・ルーデンドルフであった。ルーデンドルフは著作『総力戦』の中で第一次世界大戦を契機に戦争の主体が政府と軍隊だけではなく民衆を巻き込んで遂行される形式へと変化したことを指摘し、これを総力戦と命名した[注釈 14]。総力戦の概念の画期性とは従来の戦争が戦場での軍事行動で完結していたものから、銃後の経済活動や生活までもが軍事行動と結び付けられたことである。したがって、総力戦においては海上封鎖戦略爆撃のように敵の経済活動を破壊するための行動が継続的に行われ、また敵の抗戦意志を減耗させるためにラジオビラなどのマスメディアを利用した思想宣伝を実施する。これらに対抗するために経済活動は政府により統制され、人員や物資、情報などは軍事作戦を支援するために配分、管理される。ルーデンドルフは特にドイツ敗戦を招いた原因として革命運動を指示するような思想的要因を重要視しており、国民士気の低下はドイツ軍の士気そのものに悪影響を及ぼしていたと述べている。そのために総力戦を遂行するためには総力政治が不可欠であると主張している。総力政治は総力戦に関わるあらゆる要素を統制する機能を担っており、単独の指導者によって総力政治は実践されなければならない。つまり総力戦とは従来の武力紛争だけではなく、経済紛争や情報紛争が結合した複合的な戦争のあり方であり、核兵器が存在する現代においては核戦争を意味するものである。
制限戦争詳細は「限定戦争」を参照

制限戦争 (Limited war) とは軍事力を抑制的に行使することで、戦争のエスカレーションを制御することを可能とする戦争の形態の一種である。アメリカの外交官ヘンリー・キッシンジャーは『核兵器と外交政策』このような戦争を「特定の政治目的のため(中略)相手の意志を押しつぶすのではなく、影響を及ぼし、課せられる条件で抵抗するより魅力的であると思わせ、特定の目標を達成せんとする」戦争と描写した。つまり限定戦争の主眼とは、軍事力だけで敵に我の意志を全面的に強制するのではなく、外交交渉を交えながら軍事作戦を遂行することで、目標を達成する手段として戦争の規模や程度を抑制することにある。キッシンジャーは核兵器の登場によって戦争そのものが遂行不可能になるという見解を退け、この限定戦争に基づいた限定核戦争という戦争方式を提唱した[6]。事実、核兵器が登場してからも朝鮮戦争インドシナ戦争などの戦争が勃発しており、これらは限定戦争の形式に則って遂行されている。限定戦争を成り立たせている外交は通常の外交と区別されており、アメリカの政治学者アレキサンダー・ジョージなどの研究者たちによって強制外交と呼ばれている[注釈 15]。強制外交が敵との間で成立するためには、彼我双方にとって軍事行動に伴う損害を抑制する意図を共有しなければならず、戦略防勢の立場を採るために作戦の主導権を喪失する危険が伴うが、総力戦と比べて最小限の費用と危険で目的を達成する選択肢とされている。
ゲリラ戦争詳細は「ゲリラ」および「革命」を参照

この節には独自研究が含まれているおそれがあります。問題箇所を検証出典を追加して、記事の改善にご協力ください。議論はノートを参照してください。(2022年2月)

ゲリラ戦争(Guerrilla Warfare)[注釈 16]または革命戦争とは本質的に国家に対する非国家主体により遂行される戦争の形態である。このような戦争の形態が成立した背景にはマルクス主義を指向する政治運動があり、ロシア革命キューバ革命国共内戦などの革命が勃発したことで、ゲリラ戦争のあり方が研究されてきた。


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