赤痢菌
[Wikipedia|▼Menu]
なお通常、細胞では細胞質に異物がある場合には、オートファジーによって異物を排除しようとする機構が働くが、赤痢菌はicsBと呼ばれる菌体表面のタンパク質によってオートファジーを抑制することで、排除されずに細胞内で増殖することが可能である[5]

赤痢菌は鞭毛を持たないため、細胞外では運動性を持たない(鞭毛による遊泳ができない)が、細胞質内では細胞骨格を構成するアクチンを利用して、活発に運動することが可能である[5]。この機構には、III型分泌機構によって分泌される菌体表面タンパク質の一つ、icsA(またはVirGと呼ばれる)が関与している[5]。icsAは赤痢菌菌体の片方の端に局在しており、アクチンを再構成し重合させる働きを持つ[5]。このタンパク質の働きによって、icsAがある側ではアクチンの繊維が重合して積み上げられ、それを足場にする形で推進力を得て、赤痢菌は細胞質を移動する[5]。このとき、赤痢菌が移動した跡にアクチンの繊維が残って彗星の尾やロケットのように見えるため、この現象はコメットテイル、アクチンロケットなどとも呼ばれる[5]。アクチンロケットによる細胞質内の移動は、赤痢菌以外にもリステリアやリケッチアなどの細菌で見られる[5]

赤痢菌はアクチンを利用して感染細胞内を移動するだけでなく、感染した細胞から隣接する細胞にアクチンロケットを伸ばして隣接細胞に貫入し、最終的にはその細胞内に侵入する。これによって赤痢菌は周辺の細胞に感染を広げていく[5]
病原性詳細は「赤痢」を参照

赤痢菌属に属する4つの亜群は、いずれも細菌性赤痢の原因になる。このうちA亜群(S. dysenteriae)は志賀赤痢菌とも呼ばれ、もっとも毒性が強い[3]。志賀毒素(シガトキシン)という外毒素を産生するものがA亜群には含まれる[3]。毒性の強さは、B亜群(S. flexneri)、C亜群(S. boydii)がA亜群に続き、D亜群(S. sonnei)は比較的毒性が弱い[3]。従前は、A亜群による感染が世界各地で流行していたが、衛生環境の改善により先進国では減少している[3]。しかし先進国でもB亜群、D亜群によるものが存在しており、特にD亜群による赤痢は、症状が軽いために感染しても気付かれないケースがあり、このような不顕性感染の例が報告されている[3]

細菌性赤痢は、赤痢菌によって汚染された食物や水を介して経口感染することが多いが、この他、患者の排泄物を処理した後の手指を介して経口感染(糞口感染)したり、ハエによる媒介によって汚染された食物から感染する例もある[3]。これは、赤痢菌が胃酸に抵抗性で極少数(10-100個程度)の菌でも発病するためである[3]

細菌性赤痢は、下痢、発熱を主症状とし、しばしば、しぶり腹を伴う膿粘血便が見られる[3]。「赤痢」という名称は、この出血性の下痢に由来する[3]。これらの症状は、赤痢菌の感染による上皮組織の傷害や、感染したマクロファージや腸管上皮細胞が放出する炎症性サイトカインによって白血球が遊走し、組織の炎症を生じることによると考えられている[3]。潜伏期間は1-5日程度で、1週間程度で軽快する[3]。また日本では、赤痢が流行した1950年代前後に、小児において神経障害や循環器障害などを伴い、致命率が高い疫痢(英語名もEkiri)が見られたが、その後、赤痢の発生減少に伴って、発生がみられなくなった[3]

日本では感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律で細菌性赤痢が三類感染症に、赤痢菌4菌種が四種病原体に指定されている[3]

治療は抗生物質などによる化学療法が用いられるが、赤痢菌には薬剤耐性を獲得したものが多く、多剤耐性菌も報告されているため、使用する薬剤の選択が重要である[3]ニューキノロン系やカナマイシンアンピシリンコリスチンなどの併用が行われる[3]。有効なワクチンはまだ開発されておらず、予防には患者を完全に治療することと、環境衛生を改善することが最も重要だとされている[3]

サルは赤痢菌に対してヒトと同様の感受性を有する[3]
志賀毒素志賀毒素の作用メカニズム
(1) 正常な細胞のタンパク合成。(2) 志賀毒素によるタンパク質合成阻害詳細は「ベロ毒素」を参照

志賀毒素(シガトキシン)は、A亜群に属する赤痢菌の一部(S. dysenteriae 1)が産生し、菌体外に分泌する毒素タンパク質(外毒素)であり、腸管出血性大腸菌が作る二種類のベロ毒素のうちの、ベロ毒素1と同じものである(ベロ毒素2とも類似性が高い)[6]。赤痢菌の志賀毒素はプラスミド上の遺伝子にコードされていることから、ベロ毒素と志賀毒素は腸管出血性大腸菌と赤痢菌との間でプラスミドを介して伝達された可能性が高いと考えられている[6]

志賀毒素は、毒素としての活性を持つAサブユニット(Activeサブユニット)1個と、細胞との結合活性を持つBサブユニット(Bindingサブユニット)5個から構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である[6]。赤痢菌から分泌された志賀毒素は、5つのBサブユニットによって、宿主細胞の細胞膜にあるガングリオシドの一つであるGb3に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後、Aサブユニットだけが細胞質に入り込む[6]。Aサブユニットは、真核細胞のリボソームに含まれる28SリボソームRNAのうち、4324番目のアデノシンに作用して、その糖鎖を切断しアデニンを切り出す活性(N-グリコシダーゼ活性)を持つ[6]。28SリボソームRNAのこの領域はリボソームにとって重要な領域であり、この1塩基の変化で、新しいアミノアシルtRNAがリボソームに結合できなくなる[6]。このため、タンパク質の伸長ができなくなってタンパク質合成が阻害され、最終的に細胞傷害が起こる[6]

志賀毒素を産生する赤痢菌では、通常の赤痢の症状(出血性下痢)以外に、小児では腸管出血性大腸菌でも見られる、溶血性尿毒症症候群(HUS)を起こすことが知られている[6]
脚注^ 吉田2007;1N.A. Strockbine and A.T. Maurelli2005荒川2004IDWR山口2008
^ 竹田2008
^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w 吉田2007;1N.A. Strockbine and A.T. Maurelli2005荒川2004IDWR松下2008竹田2008
^ 吉田2007;2


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:34 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef