2004年、東京メトロ千代田線赤坂駅前の赤坂5丁目地区において、TBSホールディングス(旧・東京放送)や三井不動産が中心となって都市再開発が行われ、赤坂サカスと呼ばれる複合商業施設が誕生した。TBS放送センターにはキー局のTBSテレビやTBSラジオの本社が所在している。なお、放送業界で単に「赤坂」と言った場合はTBSテレビ・ラジオを指す。 2012年、東京都は赤坂二丁目、三丁目、四三丁目、五丁目および六丁目を都迷惑防止条例に基づき、客引きやスカウトのみならず、それらを行うために待機する行為なども禁止する区域に指定した[8]。 2019年10月1日、赤坂二丁目から三丁目が暴力団排除特別強化地域に指定される[9]。地域内では暴力団と飲食店等との間で、みかじめ料のやりとりや便宜供与などが禁止され、違反者は支払った側であっても懲役1年以下または罰金50万円以下の罰則が科されるようになった[10]。 実施後実施年月日実施前(特記なければ各町丁ともその一部) 「赤坂」とつく町名である元赤坂一丁目・二丁目と赤坂一丁目?九丁目は、1966年の住居表示実施により誕生した。これにより、この地に古くから続いていた町名が失われることになった。現在「赤坂」とつく町域を構成していた旧町名(港区発足直前の町名)を以下に全て挙げる。 なお、港区が誕生した1947年、旧赤坂区の町名には全て「赤坂」を冠する町名変更が行われた(例:一ツ木町→赤坂一ツ木町、青山権田原町→赤坂青山権田原町、など。元赤坂町など一部例外あり)。この「赤坂」を冠する町名(以下のカッコ内の町名)は、住居表示実施まで続いた。 溜池は江戸城外濠の一部を構成していた。元々水の湧く所であり、堤を作り水を溜めるようにしたためこの名がある。その形から別名ひょうたん池とも呼ばれた。神田上水、玉川上水が整備されるまではこの溜池の水を上水として利用していた。堤に印の榎を植えたため、現在赤坂ツインタワーから駐日アメリカ合衆国大使館に上る坂道は榎坂と呼ばれる。 宝永年間より断続的に埋め立てられた。明治21年に完全に埋め立てられて溜池町となった[11]。 昭和初期から昭和40年代にかけてはこの周辺に輸入外車の販売店が集積するようになり、自動車街と呼ばれるようになった。溜池交差点から山王下までだけでも日本自動車(フィアット、アウディ、アメリカン・モーターズ)・三和自動車(パッカード、ポルシェ)、東邦モーターズ(オペル、オールズモビル)、日英自動車(MGやポンティアック)、安全自動車(ダッジ)、国際自動車商事(ランチア)、八洲自動車(クライスラー)などが軒を連ねていた。
治安対策
町名の変遷
赤坂一丁目1966年7月1日赤坂溜池町、赤坂田町七丁目、赤坂榎坂町、赤坂霊南坂町
赤坂二丁目赤坂溜池町、赤坂田町五丁目(全域)、赤坂田町六丁目(全域)、赤坂田町七丁目、赤坂新町三丁目、赤坂福吉町、麻布谷町
赤坂三丁目赤坂田町一丁目(全域)、赤坂田町二丁目(全域)、赤坂田町三丁目(全域)、赤坂田町四丁目(全域)、赤坂新町一丁目(全域)、赤坂新町二丁目(全域)、赤坂新町三丁目
赤坂四丁目赤坂表町二丁目、赤坂表町三丁目、赤坂一ツ木町、赤坂丹後町(全域)
赤坂五丁目赤坂新町三丁目、赤坂新町四丁目(全域)、赤坂一ツ木町
赤坂六丁目赤坂新町五丁目、赤坂中ノ町(全域)、赤坂氷川町(全域)、赤坂福吉町
赤坂七丁目赤坂表町三丁目、赤坂台町(全域)、赤坂新町五丁目
赤坂八丁目赤坂表町四丁目(全域)、赤坂新坂町、赤坂檜町
赤坂九丁目赤坂檜町
消滅した町名
葵町(赤坂葵町)
青山権田原町(赤坂青山権田原町)
青山六軒町(赤坂青山六軒町)
一ツ木町(赤坂一ツ木町)
榎坂町(赤坂榎坂町)
表町(赤坂表町)
新町(赤坂新町)
新坂町(赤坂新坂町)
台町(赤坂台町)
田町(赤坂田町)
溜池町(赤坂溜池町)
丹後町(赤坂丹後町)
伝馬町(赤坂伝馬町)
中ノ町(赤坂中ノ町)
氷川町(赤坂氷川町)
桧町(赤坂桧町)
福吉町(赤坂福吉町)
元赤坂町
霊南坂町(赤坂霊南坂町)
溜池町広重「名所江戸百景」に描かれた江戸末期の溜池。対岸に山王社の森を望む。題にある『赤坂桐畑』は、赤坂田町6丁目辺り[11]。桐は、溜池の補強のために成長が早い木として植えられていた[12]。
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