諸葛亮
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^ この戦いは、王平の張?撃退と追撃時の張?戦死を除くと勝敗優劣は『三国志』本伝に書かれていない。『三国志』王平伝では、司馬懿が諸葛亮を攻撃したことには触れているがその勝敗は触れておらず、王平が張?を撃退したことのみ言及している。『三国志』『華陽国志』『資治通鑑』では蜀軍が撤退した理由は兵糧不足となっており、『三国志』後主伝・諸葛亮伝・張?伝、また『魏略』『太平御覧』『資治通鑑』では、魏の張?が蜀軍を追撃し、張?が射殺されたことのみ言及している。『漢晋春秋』『資治通鑑』では、蜀軍が魏軍の郭淮・費曜・司馬懿を破ったとしている。経緯は異なるが『蜀記』にも蜀軍が魏軍に大勝した話が書かれている。『晋書』では、魏軍が蜀軍を撃退、追撃して大勝したとしており、追撃の将が司馬懿となっている。なお『晋書』はその内容の正確性に批判的な評価も多く、『蜀記』もまたその内容に疑問を呈されている。いずれにしても攻め込んだ蜀軍が所期の目的を果たせぬまま撤退したのは事実である。この戦いの後、魏では蜀軍を撤退へ追い込んだ功により官位の引き上げが行われ、蜀漢では戦いを理由とした官位の引き上げも引き下げも行われていない。
^ この田畑は今もなお麓に残っており、地元ではこの農地を「諸葛田」と呼んでいるという[11]
^三国志演義』では「8月23日」とされる。
^ 四川省広元市の北方に位置する地域には、諸葛亮が北伐の途上にこの地に駐屯し、軍事を「はかり(籌)しるした(筆)」場所として、「籌筆駅」という地名があった(現在の地名は籌筆郷[要出典])[12]。諸葛亮の没した地ともいわれたほか、付近には軍旗を立てたところ、兵の訓練を実施した山などの伝承もある。漢詩の題材としても取り上げられ、晩唐の李商隠による「籌筆駅」と題する七言律詩がある[13]
^ また「諸葛亮が行軍中に作った軍営・井戸・かまど・厠・砦などは立派で規則に適い、撤退する時はそれらをすっかり取り去っていった。また諸葛亮は役所・宿場・橋・道路の修築を好んだが、諸葛亮は国家の根幹を確立することで末端も治まるとの方針に基づいてこれらの工事を奨励した。諸葛亮の統治により、田畑は開墾され、武器の性能は良くなった」とも評している。
^ 名臣20選には、荀ケ荀攸袁渙崔?徐?陳羣夏侯玄王経陳泰(以上)、諸葛亮、?統??黄権(以上)、周瑜張昭魯粛諸葛瑾陸遜顧雍虞翻(以上)を選出しており、諸葛亮は「堂堂孔明 基宇宏? 器同生民 獨稟先覺 標?風流 遠明管樂 初九龍盤 雅志彌確 百六道喪 干戈迭用 苟非命世 孰掃雰? 宗子思寧 薄言解控 釋褐中林 鬱為時棟」と謳われている。
^ これらのフレーズは原文にはない[81]
^ たとえば「水魚の交わり」は、蜀志「諸葛亮伝」において関羽と張飛を宥める劉備の言葉として機能しており、『三国志演義』にも見られるが、『太平記』では関羽と張飛の存在が完全に消滅しており、そうすることで「偉大なる智将」という「孔明」像を描き出している[82]
^ このほか関羽も字の「雲長」や「関公」などと呼ばれて「関羽」と記されることはない[99][100]
^ 『三国志』に徴すれば、周瑜は最初から抗戦を主張しており、田横の最後を例に挙げ孫権を説得している。
^ これは『三国志』呉主伝注引『魏略』の孫権の逸話を利用したものだが、『三国志平話』では周瑜の功績として描かれ、得た矢の本数は数百万本とある[104]。『三国志演義』では唐代の張巡の逸話をも吸収した上で、諸葛亮の功績にされた[105]
^ 「諸葛祭風」として『平話』にも描かれているほか、「七星壇諸葛祭風」という雑劇もあった[106]
^ 『演義』の版本として現在最も通行している毛宗崗本では、この部分は削除されている。
^ この台詞は裴注に引く『漢晋春秋』に見えるが、「木像に狼狽した」というのは演義の創作である。
^ 南宋の安子順は李密の『陳情事表』、韓愈の『祭十二郎文』と並んで古文の三大傑作としている[7]
^ 諸葛亮が陸中にいた際、よく口ずさんでいた詩『梁父吟』は諸葛亮の作という説もある[107]
^ 『魏氏春秋』によれば、この弩は「十本の矢を同時に発射することができた」という。
^ 現在の雲南省にて「諸葛亮発明」と伝わる[要出典]。
^ 彼らの先祖は「諸葛亮の孫の諸葛京の家系」とされる[要出典]。

出典^ a b  『蜀書五 諸葛亮傳』 (中国語), 三國志/卷35#諸葛亮, ウィキソースより閲覧, "諸葛亮字孔明,琅邪陽都人也。
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