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同様に、隠喩直喩換喩[8]それがなければ全く別々であったイメージを共鳴させ、意味を重層化させ、それまで知覚されなかった繋がりを形成する。同種の共鳴は韻律や脚韻のパターンによって個々の詩行の間にも存在し得る。

詩の諸形式の中には詩人が書く言語の特徴に呼応した特定の文化ジャンルに固有のものもある。ダンテゲーテミツキェヴィチルーミーのような詩人で詩をイメージすることに慣れた読者は、詩を韻を踏んだ詩行と規則的な韻律で書かれたものと考えるかもしれないが[注釈 2]、聖書の詩のようにリズムと音調を得るために別のアプローチを取る伝統もある。現代の詩の多くは詩の伝統に対してある程度は批評的であり[9]、音調の原則そのもの(やその他のもの)と戯れ、試し、場合によっては敢えて韻を踏まなかったり韻律を定めなかったりもする[10] [11][注釈 3]。今日のグローバル化した世界では、詩人たちはしばしば様式、技法、形式などをさまざまな文化や言語から借用している。

詩の美や力や効果は様式や技法や形式だけによるものではない。偉大な詩は、まさにその言葉によって聴衆や読者に思考と力強い感情を喚び起こすことで他から抜きん出る。たとえばハンガリーのヨージェフ・アティッラのような詩人たちは、センテンスに結合された言葉によって言葉自体の意味の総和よりも大きな意味に到達する非凡な詩を書いている。そうした言葉の中には日常会話で使われる諺になったものもある。時代や文化が変われば言葉の意味も変化するので、詩の当初の美や力を味わうのは難しい。
歴史アッカド語で書かれたギルガメシュ叙事詩の「大洪水」の石板(BC2千年紀頃)

芸術の一形式としての詩は文字読み書きよりも先に存在したとも考えられる[注釈 4]古代インドの『ヴェーダ』(紀元前1700-1200年)やザラスシュトラの『ガーサー』(紀元前1200-900年)から『オデュッセイア』(紀元前800-675年)に至る古代の作品の多くは、前史時代や古代の社会において記憶と口頭による伝達を補助するために詩の形で作られたものと思われる[4]。詩は文字を持つ文明の大半において最初期の記録の中に出現しており、初期のモノリスルーン石碑石碑などから詩の断片が発見されている。ヴァルミキ。『ラーマーヤナ』の作者とされる

現存する最古の詩は紀元前三千年紀のシュメールメソポタミア、現イラク)の『ギルガメシュ叙事詩』であり、粘土板や後にはパピルス楔形文字で書かれていた[12]。その他の古代の叙事詩にはギリシア語の『イーリアス』と『オデュッセイア』、アヴェスター語の『ガーサー』と『ヤスナ』、古代ローマ民族叙事詩ウェルギリウスの『アエネーイス』、インドの『ラーマーヤナ』と『マハーバーラタ』などがある。

詩を詩として成立させている形式上の特徴は何か、良い詩と悪い詩との分かれ目は何かを決定しようという古代の思索家たちの努力は「詩学」――詩の美学的研究を生み出した。古代社会の中には、中国の儒教五経の1つである『詩経』に見られるように審美的のみならず儀式的にも重要な詩的作品の規範を発達させたものもあった。近年でも、思索家たちはチョーサーの『カンタベリー物語』から松尾芭蕉の『おくのほそ道』までの形式上の差異や、タナハの宗教詩からロマンチック・ラブ詩やラップに至るまでのコンテクスト上の差異を包括できる定義を求めて苦闘している[13]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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