因果関係説に立脚してドイツ民法典第一草案には原則的証明責任規定が盛り込まれていたが削除され、その後起草者は若干の証明責任規定を置くとともに法文の表現を通じて証明責任の分配を明らかにする試みを拡張した[6]。
さらにこうした動きの中から法規定の原則と例外の関係を通じて証明責任の分配を明らかにしようとする最小限要件説ないし規範説と呼ばれる学説が出現した[6]。規範説は法規に定める要件が存否不明のときはその法規は適用できないという原則から出発し、一定の法規の適用がないときに自己の訴訟上の要求が成功を収めることができない当事者が証明責任を負うべきとする学説である[7]。 日本の民事訴訟では、原則として自己に有利な法律効果の発生を求める者は、その法条の要件事実について証明責任を負うと考えられているが、その説明に二通りの考え方がある。 1つは、事実が真偽不明となった場合には、その事実を要件事実とする法条は適用されないという考え方(法規不適用説)であり、いわゆる法律要件分類説はこれに基づく。 もう1つは、真偽不明の場合に事実を擬制して法の適用を可能とするための規範として証明責任規範があり、それに基づいて証明責任が生じるとする考え方(証明責任規範説)である。 従前は前者が通説的地位を占めていたが、現在では後者の考え方が通説的である。後者の見解の中でも通説的とされる見解は「修正された法律要件分類説」と呼ばれる見解であり、条文の構造等を基礎にしつつも修正を認める見解である(なお、特に「修正された」わけではなく法律要件分類説自体が初めからこの程度の柔軟性を備えているとする考え方もある。)。後者の見解の中には、証拠との接近性などを考慮し、具体的な事情を利益考量したうえで証明責任の分配を決するべきとする見解(利益考量説)も有力に唱えられているが広く支持されているとは言い難い。 以下では、修正された法律要件分類説の立場から「XがYに対して商品を売ったため、Yに対して売買代金を請求する場合」を具体例として、証明責任の分配を説明する。 証明責任の転換(英: shifting burden of persuasion)とは、実体法の規定等によって一方の当事者が特定の事実について証明責任を負う場合に、特別規定や証明妨害の法理により反対事実について、挙証責任を負わない当事者に証明責任を負わせることをいう。 不法行為に基づく損害賠償請求の場合を例にすると、加害者の過失に該当する事実は、民法709条
日本の民事訴訟
一般論
権利根拠事由権利の発生を定める規定の要件事実は、その権利を主張する者が証明責任を負う。上記の例の場合、売買代金請求権は、売買契約に基づいて発生する(民法555条
権利消滅事由一度発生した権利の消滅を定める規定の要件事実は、権利を否認する者が証明責任を負う。例えば、上記の例で、売買契約の締結を前提としつつ、Yが既に代金は支払済みであるとして主張して争う場合には、Yの代金の支払いにより一旦発生したXの売買代金請求権は消滅する(民法474条以下)ことから、代金が支払済みである事実は、売買代金請求権を否認するYがその存在について証明責任を負う。
権利発生障害事由権利根拠規定に基づく法律効果の発生の障害を定める規定の要件事実は、その法律効果の発生を争う側に証明責任がある。言うなれば、発生したかに見える権利が実際には発生していないなどの主張である。上記の例の場合、売買契約に要素の錯誤(民法95条)があるために売買契約は無効になるか否かが問題となる場合は、契約の効力を争うYに、要素の錯誤があったことについて証明責任を負う。
権利行使阻止事由 権利根拠規定に基づく法律効果の行使を阻止を定める規定の要件事実は、その法律効果を争う側に証明責任がある。
ただし書がある場合条文が本文とただし書の組み合わせで構成されている場合がある。そのうち、ただし書が本文の適用を除外する形で規定されている場合には、本文に掲げられた事実の効果を否認する方に但書に掲げられた事実の証明責任があるとされる(法規不適用説からは、ただし書に規定された事由(権利消滅事由、権利発生障害事由又は権利行使阻止事由)に該当する事実が証明されることによりただし書が適用されるからである。証明責任規範説からは、そこに立法者の考える証明責任規範が示されているものと解することになるが、民法典の場合には立法担当者自ら証明責任に配慮した文言でない旨を述べており、したがってただし書は証明責任の決め手とはならない。)。上記の例の場合、売買契約の要素の錯誤は、要素の錯誤の存在を主張する方(Y)が証明責任を負うが、民法95条は本文と但書から構成されており、但書によると意思表示の表意者に重過失がある場合は錯誤による主張が認められず、民法95条本文の適用が排除される。したがって、表意者に重過失があることは、錯誤による無効(民法95条本文)を争う方であるXに証明責任がある。
証明責任の転換
なお、裁判の途中で当事者の一方が証拠を提出したことにより裁判官が事実の存否について確信を抱くようになった場合には、他方当事者としては、それを放置するわけには行かないので反対の証拠を出す必要が出てくる。この現象に対して証明責任が転換されたと表現される場合もあるが、正しくない使用法である。
証明妨害の法理とは、挙証責任を負わない当事者が挙証責任ある当事者の立証を困難にする(立証妨害または証明妨害をする)ことをいい、これについては法律に規定のある場合もあるが、それに限られない[8]。 わが国の行政訴訟における証明責任論は、主として抗告訴訟、とりわけ処分の取消訴訟について展開されてきたが、その対象となる事実(主要事実)をいかに構成するのかを明確にしないまま展開されてきた憾みがある。つまりそこで語られる証明責任がいかなる問題を処理するものであるのかが、そもそも明確でない[9]。 民事訴訟と同様、行政訴訟における証明責任の分配の理論には多数の学説が有るが、現在のところ通説、判例ともに定まっておらず、しいて有力そうなものを挙げるとすれば、@法律要件分類説、A二分説[注釈 1]、B個別説(個別具体説)である[10]。これらの3説は、完全に対立した見解というよりは、重点をどこに置くかという点に違いはあれ、考え方の基盤には共通するところが多い見解と理解した方が妥当であるように思われる[11]。 民事訴訟における法律要件分類説を、行政訴訟にも適用しようとする見解である[12]。 取消訴訟についての理論であって、国民にとって不利益な処分においては、被告である行政主体が違法性を基礎付ける事実について証明責任を負い、国民にとって利益な処分を拒否する処分においては原告である国民が処分の違法性を基礎付ける事実について証明責任を負うとする[13]。 取消訴訟についての理論であって、当事者間の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等によって個別具体的に判断すべきである、とする見解である[14]。 伊方原発訴訟最高裁判決の事例において確立された手法であって、行政庁が私人よりも圧倒的に多くの証拠を有している場合に、十分な主張責任を果たさないならば、その行為が違法であることが事実上推定されるものである。すなわち原告たる私人の証明責任の軽減が認められる[15]。 刑事訴訟の原則では審理を尽くしても被告人を有罪とすることに疑いが残るときは無罪となる(「疑わしきは被告人の利益に」の原則)[4]。 これは、市民の自由を保障する機能を有するとともに、刑事訴訟においては、検察官には、被告人または弁護人には認められない捜査権限を認めることで高い証拠収集能力を付与することで犯罪が可及的に処罰されるような構造になっている。 日本では法定手続の保障について規定した日本国憲法第31条が無罪の推定原則を要求すると解されること、刑事訴訟法336条が「被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」と規定していることから、犯罪事実については検察官が挙証責任を負うことになるとされている。 刑事裁判において被告人を有罪とするためには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である。そして、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべきである(最決2007年10月16日)。 もっとも、個別的に被告人側が例外的に挙証責任を負うとされる事項がある。この実質的な理由は、検察官にとっての立証困難性にあるが、犯罪事実の成否にかかわる事実である以上、単にそれだけで挙証責任の転換が許容されるわけではない。被告人側への転換が許されるためには、被告人に挙証責任を負わせる事実が、検察官に挙証責任がある他の事実から合理的に推認される事情があること、被告人が挙証責任を負うとされる部分を除去して考えても、なお犯罪として相当の可罰性が認められることなどの、特別の事情が必要となる。日本の刑法や特別刑法の規定では、以下の点が例として挙げられる。
行政訴訟の証明責任
法律要件分類説
二分説
個別説
事実上の推定
刑事訴訟の証明責任
基本原則
日本の刑事訴訟の場合
同時傷害の特例
複数の者が暴行を加えて人を傷害させた場合、複数の者が共同正犯の関係にない場合は、傷害の結果が誰の暴行から生じたかについては本来は検察官に挙証責任があるはずである。
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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
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