証明責任
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証明妨害の法理とは、挙証責任を負わない当事者が挙証責任ある当事者の立証を困難にする(立証妨害または証明妨害をする)ことをいい、これについては法律に規定のある場合もあるが、それに限られない[8]
行政訴訟の証明責任

わが国の行政訴訟における証明責任論は、主として抗告訴訟、とりわけ処分の取消訴訟について展開されてきたが、その対象となる事実(主要事実)をいかに構成するのかを明確にしないまま展開されてきた憾みがある。つまりそこで語られる証明責任がいかなる問題を処理するものであるのかが、そもそも明確でない[9]

民事訴訟と同様、行政訴訟における証明責任の分配の理論には多数の学説が有るが、現在のところ通説、判例ともに定まっておらず、しいて有力そうなものを挙げるとすれば、@法律要件分類説、A二分説[注釈 1]、B個別説(個別具体説)である[10]。これらの3説は、完全に対立した見解というよりは、重点をどこに置くかという点に違いはあれ、考え方の基盤には共通するところが多い見解と理解した方が妥当であるように思われる[11]
法律要件分類説

民事訴訟における法律要件分類説を、行政訴訟にも適用しようとする見解である[12]
二分説

取消訴訟についての理論であって、国民にとって不利益な処分においては、被告である行政主体が違法性を基礎付ける事実について証明責任を負い、国民にとって利益な処分を拒否する処分においては原告である国民が処分の違法性を基礎付ける事実について証明責任を負うとする[13]
個別説

取消訴訟についての理論であって、当事者間の公平、事案の性質、事物に関する立証の難易等によって個別具体的に判断すべきである、とする見解である[14]
事実上の推定

伊方原発訴訟最高裁判決の事例において確立された手法であって、行政庁が私人よりも圧倒的に多くの証拠を有している場合に、十分な主張責任を果たさないならば、その行為が違法であることが事実上推定されるものである。すなわち原告たる私人の証明責任の軽減が認められる[15]
刑事訴訟の証明責任
基本原則

刑事訴訟の原則では審理を尽くしても被告人を有罪とすることに疑いが残るときは無罪となる(「疑わしきは被告人の利益に」の原則)[4]

これは、市民の自由を保障する機能を有するとともに、刑事訴訟においては、検察官には、被告人または弁護人には認められない捜査権限を認めることで高い証拠収集能力を付与することで犯罪が可及的に処罰されるような構造になっている。
日本の刑事訴訟の場合

日本では法定手続の保障について規定した日本国憲法第31条が無罪の推定原則を要求すると解されること、刑事訴訟法336条が「被告事件について犯罪の証明がないときは、判決で無罪の言渡をしなければならない」と規定していることから、犯罪事実については検察官が挙証責任を負うことになるとされている。

刑事裁判において被告人を有罪とするためには、合理的な疑いを差し挟む余地のない程度の立証が必要である。ここに合理的な疑いを差し挟む余地がないというのは、反対事実が存在する疑いを全く残さない場合をいうものではなく、抽象的な可能性としては反対事実が存在するとの疑いをいれる余地があっても、健全な社会常識に照らして、その疑いに合理性がないと一般的に判断される場合には、有罪認定を可能とする趣旨である。そして、このことは、直接証拠によって事実認定をすべき場合と、情況証拠によって事実認定をすべき場合とで、何ら異なるところはないというべきである(最決2007年10月16日)。

もっとも、個別的に被告人側が例外的に挙証責任を負うとされる事項がある。この実質的な理由は、検察官にとっての立証困難性にあるが、犯罪事実の成否にかかわる事実である以上、単にそれだけで挙証責任の転換が許容されるわけではない。被告人側への転換が許されるためには、被告人に挙証責任を負わせる事実が、検察官に挙証責任がある他の事実から合理的に推認される事情があること、被告人が挙証責任を負うとされる部分を除去して考えても、なお犯罪として相当の可罰性が認められることなどの、特別の事情が必要となる。日本の刑法特別刑法の規定では、以下の点が例として挙げられる。
同時傷害の特例
複数の者が暴行を加えて人を傷害させた場合、複数の者が共同正犯の関係にない場合は、傷害の結果が誰の暴行から生じたかについては本来は検察官に挙証責任があるはずである。しかし、刑法207条はこの点について同時傷害の特例を設け、被告人は傷害が自己の暴行によるものではないことについて挙証責任を負い、自己の暴行によるものではないことが立証されないと傷害罪の責任を負う。
名誉毀損罪における摘示事実の真実性
被告人の行為が名誉毀損罪(刑法230条1項)の構成要件に該当する場合であっても、それが公共の利害に関するもので、かつ公益目的とされる場合は、被告人の摘示事実が真実であれば、名誉毀損罪として処罰されない(刑法230条の2第1項)。この場合の摘示事実が真実であることについては、被告人側に挙証責任がある。
爆発物取締罰則における爆発物製造等の目的
治安を妨げまたは人の身体財産を害する目的で爆発物を製造・輸入・所持・注文した場合は、3年以上10年以下の懲役または禁錮刑に処せられる(爆発物取締罰則3条)が、これらの目的がないことが証明できなかった場合は、6月以上5年以下の懲役刑となる(6条)。つまり、3条の犯罪の成立に関しては、目的の存在につき検察官に挙証責任があるのに対し、6条の犯罪の成立に関しては、目的の不存在につき被告人に挙証責任がある。簡単に言うと、目的の存在が証明されたときは3条で処罰され、目的の不存在が証明されたときは無罪となり、目的が存在するか否か真偽不明の場合は6条で処罰されることになるという趣旨である。
脚注[脚注の使い方]
注釈^ 権利制限・拡張区分説を含む。

出典^ 野崎昭弘 1976, p. 23
^ a b c d e 高橋裕次郎 2006, p. 32
^ 鈴木忠一 & 三ケ月章 1981, p. 250
^ a b c d e f g h 高橋裕次郎 2006, p. 33
^ Hirsch Ballin, Marianne (Mar 6, 2012). Anticipative Criminal Investigation: Theory and Counterterrorism Practice in the Netherlands and the United States. p. 525. .mw-parser-output cite.citation{font-style:inherit;word-wrap:break-word}.mw-parser-output .citation q{quotes:"\"""\"""'""'"}.mw-parser-output .citation.cs-ja1 q,.mw-parser-output .citation.cs-ja2 q{quotes:"「""」""『""』"}.mw-parser-output .citation:target{background-color:rgba(0,127,255,0.133)}.mw-parser-output .id-lock-free a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-free a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/6/65/Lock-green.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-limited a,.mw-parser-output .id-lock-registration a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-limited a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-registration a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/d/d6/Lock-gray-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .id-lock-subscription a,.mw-parser-output .citation .cs1-lock-subscription a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/Lock-red-alt-2.svg")right 0.1em center/9px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-ws-icon a{background:url("//upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/4/4c/Wikisource-logo.svg")right 0.1em center/12px no-repeat}.mw-parser-output .cs1-code{color:inherit;background:inherit;border:none;padding:inherit}.mw-parser-output .cs1-hidden-error{display:none;color:#d33}.mw-parser-output .cs1-visible-error{color:#d33}.mw-parser-output .cs1-maint{display:none;color:#3a3;margin-left:0.3em}.mw-parser-output .cs1-format{font-size:95%}.mw-parser-output .cs1-kern-left{padding-left:0.2em}.mw-parser-output .cs1-kern-right{padding-right:0.2em}.mw-parser-output .citation .mw-selflink{font-weight:inherit}ISBN 9789067048422 
^ a b c d e f g h i 鈴木忠一 & 三ケ月章 1981, p. 252
^ 鈴木忠一 & 三ケ月章 1981, p. 253
^ 山木戸克己 1990, p. 59
^ 巽 2019, p. 688、一次文献は太田 2017, p. 615。


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