解離性同一性障害
[Wikipedia|▼Menu]
□記事を途中から表示しています
[最初から表示]

ストレス要因としては、(1)学校や兄弟間のいじめ、(2)親などが精神的に子供を支配していて自由な自己表現ができないなどの人間関係、(3)ネグレクト、(4)家族や周囲からの児童虐待心理的虐待身体的虐待性的虐待)、(5)殺傷事件や交通事故などを間近に見たショックや家族の死などとされる[注 10]。この内、(4)(5)がイメージしやすい心的外傷(トラウマ)である。

1980年代頃の北米の事例で象徴的なのは慢性的な(4)のケースである。パトナム (Putnam,F.W.) は1989年には児童虐待がDIDを「起こす」と証明されたわけではないが、DIDと心的外傷、なかんずく児童虐待との因果関係を疑う治療者はひとりたりともいないと云ったが[12]、同時にそれ以外の児童期外傷として(5)の「地域社会の暴力」「家庭内暴力」「戦争と内乱」「災害」「事故と損傷」もあげている[13][注 11]

(3)のネグレクト (neglect) を原因とするDID症例も多く、ネグレクトは虐待とセットで論じられることも多い。ネグレクトというと「養育放棄」の重いもの、「充分な食事を与えない」「放置する」というようなイメージが強いが、意味するところは広く、経済的事情・慢性疾患などで子供の感情に対する応答ができないなども含めて、精神の発達に必要な愛情その他の養育が欠如している状態を指す。ネグレクトも心的外傷 (trauma) に含めてそれを陰性外傷 (negative trauma) と呼び、通常の虐待を陽性外傷 (positive trauma) と呼ぶこともある[14][15][16]。陰性外傷としてとらえた場合には、それが親の責任であるかどうかに関わらず、場合によっては子供の過度の感受性故の誤認による主観的な心の傷まで範囲は広がる。家庭内の虐待を伴わないネグレクトもあるが、家庭内の虐待は多くの場合、陽性外傷であるとともに陰性外傷でもあることがある。ストロロウ (Stolorow,R.) などは、小児期における心的外傷は苦痛自体が外傷体験なのではなく、それに対して養育者(親)が応答してくれない、波長を合わせる(attunement) ことを行わないことが外傷体験であるという[17]クラフトの四因子論でいえば4つ目の「慰めの不足」に似ている。

日本では(1)(2)を要因とする症例も多い。(2)は「関係性のストレス」[18][19]とも呼ばれる。過保護でありながら支配的な家庭環境によるストレスが中心だが、中には次のようなケースも含まれる。母親はすごく良い子で手がかからずスムーズに育ってきたと思っていた。しかし娘は、いい子でいなくてはと親の気持ちをくみ取りながら生きているうちに自分の気持ちが内側にこもり解離が始まりだす[20][注 12]。報告されている事例は娘の場合が多いが、息子の場合もありうる。このようなケースでは母親は娘(主に)の発症に訳も判らぬまま自分を責めることがしばしばある[21]。ただしアメリカの治療者がそうした側面を見ていないわけではない。例えばアリソン (Allison,R.B.) は1980年の自著の中でこう書いている。特に後半などは岡野憲一郎が「関係性のストレス」として描きだしたものと共通するニュアンスがある。「原因には似通ったパターンがあるということだ。〈児童虐待〉もそのひとつである。…精神的・心理的暴力(いじめ)[注 13]も含まれる。…片方の親は〈良い親〉で、もう片方は〈悪い親〉と見られている。…〈良い親〉が、子どもを〈捨てる〉といったことも多い。実際には、親が死亡したり、軍務についたり、あるいはいたしかたない別離なのだが、子どもにはそれが理解できない」「他の人格を作り出す子どもは、怒りや悪い感情を抑えなさいと教えられていることが多い。いい子は怒ったりしないというのが、両親や保護者から強制される態度である[22]。」
安心していられる場所の喪失

心的外傷はPTSDなど様々な現れ方をするが、柴山雅俊は解離性障害が重症化しやすい特徴を「安心していられる場所の喪失」ととらえている[注 14]。柴山は自らが関わった解離性障害者42人を、自傷傾向や自殺企画[注 15]が反復して見られる患者群23名とそうでない19名に分けて、患者の生育環境との相関を見た結果[23][注 16]、DIDを含む解離性障害の症状を重くする要因は、日本の場合、家庭内の心的外傷では両親の不仲であり、家庭外の心的外傷では学校でのいじめであるとする[注 17]。「安心していられる場所の喪失」とは、本来そこにしかいられない場所で「ひとりで抱えることができないような体験を、ひとりで抱え込まざるをえない状況」[24][注 18]に追い込まれ、逃げることもできずに不安で不快な気持ちを反復して体験させられるという状況である。

自分を肉体的、あるいは精神的に傷つけた相手が、本来なら自分を癒すはずの相手であるために心の傷を他者との関係で癒すことができない[注 19]。こうして居場所の喪失、逃避不能、愛着の裏切り、孤独、現実への絶望から、空想への没入と逃避、そして解離へと至るのではないかとする[25]。ジェフリー・スミス (Smith. J.) は2005年の「DID(解離性同一性障害)治療の理解」の中でこう述べている。「解離性記憶喪失を感情的トラウマのための一種の回路遮断機と見なすならば、記憶喪失の引き金となりうるほどの深刻なトラウマは何か、という疑問が生じる。第一の、そして最重要の要素は、私見では孤独感、すなわち安心してその事象を分かちあえる人間の欠如である[1]。」

スミスが扱ったケースはいかにもアメリカ的な児童虐待であったが、それでも柴山と同じ結論に至っている。「安心していられる場所の喪失」も心の傷ではあるが、PTSDでイメージしやすい戦争体験、災害犯罪被害事故性暴力などと比べると性格が異なる。先に触れたネグレクトもこの問題に関係する。ここで、クラフトの四因子論でいえば4番目の「十分な慰め」の欠如が、むしろ重要な要因として浮かび上がってくる。
愛着理論からの視点

最近では幼児期の生育環境と解離性障害の関係も指摘されている。発達心理学愛着理論(Attachment theory)では、Aタイプ(回避群)、Bタイプ(安定群)、Cタイプ(抵抗群)が有名だが、1986年にメイン (Main,M.) とソロモン (Solomon,J.) が発見したDタイプ(無秩序・無方向型)が新たに加わる。1991年にはバラック (Barach,P.M.M.) が愛着関係(attachment)とDIDとの関係を示唆し[26][27]、あるいは2003年にライオンズ-ルース (Lyons-Ruth.K.) が、明確な心的外傷がなくとも、Dアタッチメント・タイプにあった子供は解離性障害になる可能性が高い[28][29]とするなど、後徐々にこの方面での研究が進んでいる。そしてリオッタ (Liotti.G.) は2006年に、このDタイプを示すような養育状況が、解離性障害への脆弱性を増大させるというモデルを提唱し[30][31]、解離性障害の(従ってDIDでも)精神療法は第一にこのアタッチメントに焦点をあてるべきであると主張した詳細は「解離性障害#愛着との関係」を参照
解離の資質

次にクラフトの四因子論ではDIDの条件であった「解離する潜在能力・催眠感受性」である。1982年に、アメリカの心理学者ウイルソン (Wilson,S.C.) とバーバー (Barber,T.X.) は「ファンタジーを起こしやすい性格:理解画像、催眠、および超心理学現象の影響[32]」という論文で、催眠に掛かりやすい人は空想傾向があり、かつ深く没入すると発表した。これを「空想傾向」 (fantasy-proneness) という。ここでいう「空想傾向」とは普通の人にも当てはまるレベルではなく、その傾向が顕著な一群であり、人口の約4%が該当とする。彼らは幼児期から空想の世界に浸り、実際に体験したことと空想の記憶を混同してしまう傾向がある。イマジナリーフレンド(後述)と遊び、小さな妖精や守護天使、樹木の精霊などが実在していると信じ、遊んでいた人形や動物のおもちゃが実際に生きていると信じていたという。ただしこれには1990年代に入って一部修正する研究も出始めている[注 20]

柴山雅俊はDIDを含む解離性障害の患者の幼少期の主観的世界は、ウイルソンらが指摘した「空想傾向」に大きく重なるとする。ただし「空想傾向」の一群が解離性障害とイコールということではない。違いは「空想傾向」は願望的でファンタジーであるに対し、解離性障害の患者達は気配敏感のような恐怖や怯えが含まれることであるとする[33]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:285 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef