解離性同一性障害
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これはアイデンティティ、記憶、意識の統合に関するさまざまな見地の統合の失敗である。問題は複数の人格をもつということではなく、ひとつの人格すら持てないということなのだ。」[注 4]

一般に多重人格といわれるが、ひとつの肉体に複数の人間(人格)が宿ったわけではない。あたかも独立した人間(人格)のように見えても、それらはその人の「部分」である。これを一般に交代人格と呼ぶが、そのそれぞれがみなその人(人格)の一部なのだという理解が重要といわれる。それぞれの交代人格は、その人が生き延びるために必要があって生まれてきたのであり、すべての交代人格は何らかの役割を引き受けている[7][注 5]

治療はそれぞれの交代人格が受け持つ、不安、不信、憎悪その他の負の感情を和らげ、逆に安心感や信頼感そしてなによりも自信、つまり健康な人格を育て、交代人格間の記憶と感情を切り離している障壁[注 6]を下げていくこととされる。しかし交代人格は記憶と感情の水密区画化[注 7]、切り離しであるため、表の人格にとっては健忘となり、先述の通り当人に自覚がない場合も多い。自覚があっても治療者を警戒しているうちは交代人格は姿を現さない[8]。また治療者が懐疑的であったりするとやはり出てこない[9]。逆の表現をすると「DID患者に一度出会うと、すぐ次のDID患者に出会う」[10]。DIDはそれを熟知した精神科医臨床心理士が少ないこともあり、他の疾患に誤診されやすい。
解離の因子

解離の因子を最初に整理したものとして1984年にリチャード・クラフト (Kluft,R.)が発表した四因子論があり、そこでは解離能力/催眠感受性などの「解離の資質」が前提とされていたが、現在ではニュアンスが変わっている。ここではまず解離を生むストレス要因を見てから、解離の資質、解離しない能力についてまとめる。
解離を生むストレス要因

生理学的障害ではなく心因性の障害である[注 8]。心因性障害の因果関係は外科や内科のように明確に解明されているわけではなく、時代により人によって見解は統一されていない。治療の方向性はある程度は見えてきてはいるものの最終的には試行錯誤である[注 9]。むしろ多因性と考え、あるいは一人一人違う[11]と考えた方が実情に即しており、以下もあくまで一般的な理解のまとめに留まる。

解離性障害となる人のほとんどは幼児期から児童期に強い精神的ストレスを受けているとされる。ストレス要因としては、(1)学校や兄弟間のいじめ、(2)親などが精神的に子供を支配していて自由な自己表現ができないなどの人間関係、(3)ネグレクト、(4)家族や周囲からの児童虐待心理的虐待身体的虐待性的虐待)、(5)殺傷事件や交通事故などを間近に見たショックや家族の死などとされる[注 10]。この内、(4)(5)がイメージしやすい心的外傷(トラウマ)である。

1980年代頃の北米の事例で象徴的なのは慢性的な(4)のケースである。パトナム (Putnam,F.W.) は1989年には児童虐待がDIDを「起こす」と証明されたわけではないが、DIDと心的外傷、なかんずく児童虐待との因果関係を疑う治療者はひとりたりともいないと云ったが[12]、同時にそれ以外の児童期外傷として(5)の「地域社会の暴力」「家庭内暴力」「戦争と内乱」「災害」「事故と損傷」もあげている[13][注 11]

(3)のネグレクト (neglect) を原因とするDID症例も多く、ネグレクトは虐待とセットで論じられることも多い。ネグレクトというと「養育放棄」の重いもの、「充分な食事を与えない」「放置する」というようなイメージが強いが、意味するところは広く、経済的事情・慢性疾患などで子供の感情に対する応答ができないなども含めて、精神の発達に必要な愛情その他の養育が欠如している状態を指す。ネグレクトも心的外傷 (trauma) に含めてそれを陰性外傷 (negative trauma) と呼び、通常の虐待を陽性外傷 (positive trauma) と呼ぶこともある[14][15][16]。陰性外傷としてとらえた場合には、それが親の責任であるかどうかに関わらず、場合によっては子供の過度の感受性故の誤認による主観的な心の傷まで範囲は広がる。家庭内の虐待を伴わないネグレクトもあるが、家庭内の虐待は多くの場合、陽性外傷であるとともに陰性外傷でもあることがある。ストロロウ (Stolorow,R.) などは、小児期における心的外傷は苦痛自体が外傷体験なのではなく、それに対して養育者(親)が応答してくれない、波長を合わせる(attunement) ことを行わないことが外傷体験であるという[17]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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