西島秀俊
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2011年の映画『CUT』はイランの名匠アミール・ナデリ監督の作品で[23]、第68回ヴェネチア国際映画祭のオリゾンティ・コンペティション部門オープニング作品・第36回トロント国際映画祭出品作品・第16回釜山国際映画祭出品作品である[24]。これにより自身も数々の映画賞を受賞する。

2014年にはオリコン発表の「2014年ブレイク俳優ランキング」で第2位にランクインした[25]

2017年、ファッションデザイナーのジョルジオ・アルマーニからの指名により、ジョルジオ・アルマーニの最高峰ライン「メイド・トゥ・メジャー」の広告モデルに日本人で初めて起用される。2018年も引き続き広告モデルを務めており、4シーズン連続起用もまた日本人初である[26]『ドライブ・マイ・カー』監督の濱口竜介と(2022年4月)

2021年には主演を務めた濱口竜介監督『ドライブ・マイ・カー』が、第94回アカデミー賞で日本映画として史上初となる作品賞を含む4部門にノミネートされた[27]。西島も授賞式に出席し、本作品は国際長編映画賞を受賞した[28]。また、西島の演技は米ニューヨーク・タイムズ紙がその年の映画を代表する俳優を選ぶ企画「Great Performers/The Best Actors of 2021」の1人としてアジア人で唯一選出するなど高い評価を受けた[29]。同紙は選出理由として「西島の演技は鋭い批判的な知性を合わせ持っており、そのメランコリックで控えめな存在感が映画の重要なカギとなっている」と述べている[29]。日本映画への出演で選出されたのは西島が初となる。

2023年春、ハリウッドの大手タレントエージェンシーCAAと契約[30]

2024年5月いっぱいで、クォータートーンを退所することを発表した[31][32]
人物

桐朋高校在学中はバスケットボール部に所属[33]。また、ロックバンドを結成しギターを担当していた[34]

大学時代はアルバイトで中学生たちの家庭教師をしていた[35]

学歴は桐朋高等学校卒業、横浜国立大学工学部生産工学科中退[6]。2022年9月2日放送のTBS『A-Studio+』にゲスト出演した西島は、役者の道を選び大学を中退した理由について「大学で工学部に入ったけど、なんか違うかなと思った。俳優の仕事が入ってきたので工学部は授業が長いので両立できなくなった」と述べた[36]。親に「俳優になる」と報告すると「家から出ていきなさい。一切援助はしないので一人で生きていきなさい」と言われ、実際に一切の援助はなかったが、西島は「今は感謝してますけどね。やっぱり覚悟は決まったんで」と述べた[36]

尊敬する俳優の一人として、デビュー作『はぐれ刑事純情派V』(1992年、テレビ朝日)で共演した藤田まことを挙げている。藤田は新人の西島を気にかけ「秀ちゃん」と呼び、仕事の楽しさや厳しさを教えてくれたという[37]。番組を卒業する際に「本業を、ゆっくりと」と書かれた色紙をもらい、現在も大切にしている[38]。なお藤田とは『大奥』(2006年)で再共演している。

好きな歌手にスピッツを挙げている[39]。スピッツは西島主演の『僕とスターの99日』(2011年、フジテレビ)と『劇場版「きのう何食べた?」』(2021年)の主題歌を担当し、西島はスピッツの楽曲をモチーフに描かれた『海でのはなし。』(2006年)や、スピッツのアルバム『CYCLE HIT』(2006年)のTVCMに出演したこともあり縁が深い[40]。ボーカルの草野マサムネは西島に初めて会った時の印象について「西島秀俊くんは凄く話しやすく、昔からの友達にいそうな人だった」と語っている[41]

小説家音楽家である中原昌也の音楽や活動に関心があり、中原の手掛けたノイズミュージックをよく聴いたり、中原の日々の記録を綴った『中原昌也 作業日誌 2004→2007』(2008年)を愛読している[42]。なお映画評論家でもある中原とは、中原の著書『映画の頭脳破壊』(2008年)などで対談を行っている。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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