薬剤耐性
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2022年に、ブラジル、タイ、米国、スペイン、カナダの養豚場周辺の環境に抗生物質耐性の増加を助長する遺伝子があると結論付けた論文が発表された[22]。イギリスでは、12の養豚場と養鶏場の近くの川から48のサンプルを採取した結果、すべての地点で耐性菌が検出された[23]

これらの自然環境中から発見される耐性菌は人[21]と家畜[21]の糞便由来のほか、環境中(主に下水)に排出された医薬品の自然界での分解過程での構造変換による影響が指摘されている[24]

医薬品の影響を全く受けていない400万年前にできた洞窟や北極の永久凍土からも見つかっている[25]
畜産業

工場畜産の拡大に伴い、畜産業における抗菌薬の使用は拡大しており[9]、世界の抗菌薬の約70%は畜産業で使用されている[5]。家畜への抗菌薬の使用量は、日本の場合、ヒト用の約2.5倍にのぼる[26]

使用分野については、豚、続いて養殖魚、鶏、牛の順に抗菌薬の使用が多い。豚は他の畜種に比べて圧倒的に抗菌薬の使用が多くなっている[27]。また、鶏は牛の約3倍の抗菌薬が使用される[28]。2000年から2018年にかけて、50%以上の耐性を持つ抗菌化合物の割合は、鶏では約2.7倍、豚では約2.6倍、牛では約1.9倍となった[29]

畜産分野における抗菌薬多用を抑えるため、多くの国が、畜産業における使用削減への措置を設けている。ドイツでは90%以上の養鶏・養豚場で、抗菌剤使用の監視を行っている[30]。またEUは家畜の成長促進を目的とした抗菌薬の使用を禁止した(日本では禁止されていない)[26]。一方で、製薬会社や食肉会社はこうした抗菌薬削減の動きに反発している[31][32][7][33]
耐性獲得に対する対策

新しい薬剤耐性を獲得した病原体の蔓延を防ぐためには、
耐性病原体に有効な新薬を開発しつづけること

耐性獲得を起こさない計画的な化学療法の実施

耐性病原体の発生状況の監視と把握(感染症の場合)

が主な対策となる。このうち1. の新薬の開発は、実際の治療を行う上でも重要である。しかし開発には膨大な時間と莫大な費用がかかり、新薬に対する耐性病原体もすぐに現れることが多く、薬剤耐性に対する根本的な解決には結びつかない。このため、対策上では、2. 計画的化学療法の実施と、3. 発生状況の監視が、特に重要である。
計画的化学療法の実施

化学療法を行う上で、耐性獲得を防ぐためにもっとも理想的なことは、その病原体に対してのみ著効を示す薬剤を単独で投与し、短期間のうちに治療することである。問題となった病原体が耐性を獲得する前に速やかに排除するとともに、病原体以外の常在微生物などが耐性を獲得する機会も最低限にとどめることが可能だからである。このため (1) MICができるだけ小さく(=その病原体への効果が強く)、(2) 抗菌スペクトルが狭い(=その病原体に特異的で、他の微生物に対する影響が少ない)、薬剤を選択することが望ましい。

しかし、これを実施する上では二つの大きな障害がある。一つは疾患の初期段階の場合、もう一つは慢性疾患の場合である。

まず、疾患が発生した初期の段階では有効な治療薬が特定できないケースが多々ある。特に「著効を示す薬剤」を特定するためには、原因となった病原体を分離・純粋培養した後で、薬剤感受性試験を行う必要があるが、この作業には少なくとも2 - 3日を要する。この間、患者に何の治療も施さずに放置することは、患者の生命、健康を害することになる。

したがって、初期治療の段階では症候や短時間で得られる検査知見から病原体の候補を推定し、それが複数考えられる場合などにはどのケースであっても治療上の有効性が高い治療法(いわゆるエンピリック治療)が採用される。このような場合、複数の病原体候補に対して有効な、抗菌スペクトルの広い薬剤が選択されることがある。ただしこのようなケースでも、病原体の分離と薬剤感受性試験を治療と並行して進めておき、有効な薬剤が判明した後に投薬の必要がある場合には、途中でその薬剤に切り替える。

また、HIV感染症や結核、あるいはがんなどの慢性疾患の場合、病原体が宿主に潜伏感染しているなどの要因によって、有効な薬剤であっても短期間の投与では十分に排除が行えず、長期にわたる投与が必要になる。

このような場合には、病原体や常在微生物などが耐性を獲得する機会が多いため、
作用メカニズムが異なる複数の薬剤を併用(多剤併用)し、

計画にそった服薬を徹底する

ことが重要である。

多剤併用を行った場合には、病原体が生き残るためには、使用中のすべての薬剤に対して同時に耐性を獲得する必要があるため、その出現を効果的に抑制できる。ただし投薬が複雑になる分、薬剤の副作用の出現や他の薬剤との組み合わせなどに注意が必要となる。慢性疾患の治療では特に服薬の管理が重要であり、治療の途中で服薬を中断したり、また症状の悪化に伴って再開したりということが行われると、耐性病原体の出現する危険性が極めて高くなる。このため服薬コンプライアンスの重要性が指摘されている。

またエイズや結核患者の多い開発途上国では、服薬による治療という概念が十分に理解されていなかったり、場合によっては支給された薬剤を換金する事例も存在することが、耐性病原体が蔓延する危険性を高めているとも考えられている。このため、世界保健機関がDOTS戦略(直接監視下の短期間の薬剤治療)を推進するなど、服薬コンプライアンス改善のための対策が行われている。
発生状況の監視

感染症の対策において、その発生状況を監視し把握することは、他の全ての対策に先立って必要となる重要な事項である。また伝染性が高く重篤な感染症については、発生状況の把握と同時に、患者の入院や外出、就業の制限などによって、流行の蔓延を食い止めることが重要になることも多い。このため、世界的に重要な感染症の発生状況は各国の担当機関から世界保健機構 (WHO) に報告されて、世界規模で発生状況が監視されるとともに、その情報を元に各国が具体的な対応を行っている。

薬剤耐性病原体についても、ヒト免疫不全ウイルス (HIV) や結核マラリアなど元々重大な感染症の薬剤耐性の状況に加え、バンコマイシン耐性腸球菌やペニシリナーゼ産生淋菌などの薬剤耐性菌などについての情報が集積されている。日本では、感染症新法に基づいて、いくつかの薬剤耐性菌による感染症が5類感染症に指定され、発生後一週間以内に届け出ることが義務づけられている。

アメリカ疾病予防管理センター (CDC) は、病院や高齢者福祉施設などから検体を集めて、耐性菌の分析・発見を行っている[34]


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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