薬剤耐性
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厚生労働省および国立国際医療研究センター病院AMR臨床リファレンスセンターは「薬剤耐性 (AMR)」と表記しているが、英語: Antimicrobial Resistance; AMR には「抗微生物薬耐性[16]」や「抗菌薬耐性[17]」といった日本語への翻訳が与えられている。
薬剤感受性と薬剤耐性

細菌ウイルスの病原性微生物によって引き起こされる感染症や、がん細胞の増殖によっておきる悪性腫瘍の治療法の一つとして、これらの病原体を殺したり、あるいはその増殖を抑制する化学物質を治療薬として投与する化学療法がある。化学療法に用いられる薬剤(化学療法剤)には抗菌薬抗生物質)、抗ウイルス薬抗真菌薬抗原虫薬抗癌剤が含まれ、それぞれに多くの種類が開発、実用化されている。

患者に投与して治療を行うためのものであるため、ヒトに対する毒性は低いが病原体には特異的に作用するという、選択毒性があることが化学療法剤には要求される。このため、細菌ウイルスだけが持ちヒトには存在しない特定の酵素を阻害したり、細菌やがん細胞だけに取り込まれ、正常なヒトの細胞は影響を及ぼしにくい特徴を持ったものが、化学療法剤として用いられている。

これらの薬剤は、例えば抗細菌薬であればすべての細菌に有効というわけではなく、薬剤の種類と対象となる微生物(または癌細胞)の組み合わせによって、有効な場合とそうでない場合がある。ある微生物に対してある薬剤が有効な場合、その微生物はその薬剤に対して感受性 (susceptibility) があると呼ぶ。これに対し、ある微生物に対してある薬剤が無効な場合には、
もともとその薬剤が無効である、

もともとは有効であったがある時点から無効になった、

という二つのケースが存在する。この両者の場合を、広義には耐性または抵抗性であると呼ぶが、通常は(2)のケースに当たる狭義のものを薬剤耐性 (drug resistance) または獲得耐性 (acquired resistance)と呼び、前者は不感受性 (insusceptibility) または自然耐性 (natural resistance) と呼んで区別することが多い。例えば、元からペニシリンが効かない結核菌は「ペニシリン不感受性」、もともとはペニシリンが有効であったブドウ球菌のうち、ペニシリンが有効なものを「ペニシリン感受性」、ペニシリンが効かなくなったものを「ペニシリン耐性」と呼び、このうち、最後のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌が、一般には「薬剤耐性」と表現されることが多い。

薬剤耐性を獲得した微生物は、細菌の場合は薬剤耐性菌、ウイルスは薬剤耐性ウイルス、がん細胞は薬剤耐性がん細胞などのように総称される。また個々のものについては、上に記した例のように、対象となる薬剤と微生物との組み合わせによって、「ペニシリン耐性ブドウ球菌」などと表記される。また、複数の薬剤に対する耐性を併せ持つことを多剤耐性 (multidrug resistance、後述) と呼び、医学分野では治療の難しさから特に重要視することが多い。また、ある薬剤に対する耐性が、それと類似の薬剤に対する耐性として働く場合を、交差耐性と呼ぶ。
薬剤感受性試験

ある微生物がある薬剤に対して感受性か耐性かを判断するには、薬剤感受性試験と呼ばれる微生物学的検査が用いられる。

細菌真菌など培養可能な微生物については、検査する薬剤を一定の濃度になるよう加えた培地でその微生物が生育可能かどうかの検査(生育阻止試験)が行われる。それぞれ完全に生育阻止または殺菌が可能であった最低の濃度を、最小発育阻止濃度英語: minimal inhibitory concentration, MIC)として、その微生物に対する薬剤の効果の指標とする。MICが小さいほど、薬剤の効果が高い、あるいはその微生物の感受性が高いことを表し、指標値よりもMICが大きければ、微生物のその薬剤に対する感受性が低い、すなわち薬剤耐性であることになる。

この他の病原体については、ウイルスでは薬剤を処理したときの培養細胞や実験動物に対する感染価の変化から耐性かどうかを実験室的に検査することが可能である。またヒトがん細胞については分離したがん細胞を用いて実験室的に検査することも可能であるが、実際に薬剤を投与した場合の治療の経過から薬剤耐性かどうかを臨床的に判断する場合も多い。これらの薬剤の効力については、通常、IC50(50%抑制濃度)やEC50(50%有効濃度)、ED50(50%有効投与量)などで表される。
多剤耐性

多剤耐性(たざいたいせい、: multiple drug resistance, multi drug resistance)は、ある微生物が作用機序の異なる2種類以上の薬剤に対する耐性を示すことをいう。多剤耐性の発生機序としてはかつては突然変異によってのみ起こると考えられていたが、現在では薬剤に対する耐性の遺伝子をもったプラスミドの伝達もその要因の一つであると考えられている。なお、作用機序が同一の薬剤による耐性は1種類の耐性とみなす。多剤耐性を起こした菌に対しては、従来使用されていた薬剤が治療効果を失うため、医学上問題となる。多剤耐性菌の蔓延の要因の一つとして抗生物質の乱用が挙げられる。
薬剤耐性のメカニズム

薬剤耐性の病原体が、どのような生化学的メカニズムで、化学療法剤による排除から逃れるかについて、以下のように大別できる。
薬剤の分解や修飾機構の獲得
化学療法剤として用いられる薬剤を分解したり化学的に修飾する酵素を作り出し、それによって薬剤を不活性化することでその作用から逃れる。
細菌やがん細胞の薬剤耐性機構として見られ、特に細菌による耐性獲得ではもっとも普遍的に見られる方法である。例えば、一般的なペニシリン耐性黄色ブドウ球菌MRSAを除くもの)など、ペニシリナーゼやβ-ラクタマーゼを産生してペニシリンを分解することで薬剤耐性を示す。
薬剤作用点の変異
化学療法剤の標的になる病原体側の分子を変異させ、その薬剤が効かないものにすることで薬剤の作用から逃れる。微生物やがん細胞などに全般に見られる方法であり、ウイルスの薬剤耐性はほとんどこの機構によるものである。他に代表的なものとしてMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)がある。
薬剤の細胞外への排出
薬剤をエネルギー依存的に細胞外に排出することで、細胞内の薬物濃度を下げる。細菌やがん細胞など、細胞からなる病原体の耐性機構に見られる。代表的なものとして、グラム陰性細菌のRND型多剤排出ポンプ(例えば、大腸菌のAcrAB-TolC)やがん細胞の多剤排出ABCトランスポーター(ATP依存輸送タンパク質、P糖タンパク質)があげられる。また緑膿菌の自然耐性の高さもMexAB-OprMやMexXY-OprMのようなRND型多剤排出ポンプによって説明できる。
その他の機構
上記に当てはまらない例としては、葉酸の合成酵素を阻害して抗菌性を示すサルファ剤に対して、葉酸前駆体を過剰産生することで耐性になる例などが知られている。


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