薬剤耐性
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微生物やがん細胞などに全般に見られる方法であり、ウイルスの薬剤耐性はほとんどこの機構によるものである。他に代表的なものとしてMRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)がある。
薬剤の細胞外への排出
薬剤をエネルギー依存的に細胞外に排出することで、細胞内の薬物濃度を下げる。細菌やがん細胞など、細胞からなる病原体の耐性機構に見られる。代表的なものとして、グラム陰性細菌のRND型多剤排出ポンプ(例えば、大腸菌のAcrAB-TolC)やがん細胞の多剤排出ABCトランスポーター(ATP依存輸送タンパク質、P糖タンパク質)があげられる。また緑膿菌の自然耐性の高さもMexAB-OprMやMexXY-OprMのようなRND型多剤排出ポンプによって説明できる。
その他の機構
上記に当てはまらない例としては、葉酸の合成酵素を阻害して抗菌性を示すサルファ剤に対して、葉酸前駆体を過剰産生することで耐性になる例などが知られている。結核菌に代表される抗酸菌はミコール酸と呼ばれる特有の脂質に富んだ細胞壁を持つため、消毒薬や乾燥に対して高い抵抗性を有す。
薬剤耐性の獲得

薬剤耐性は、もともとある薬剤に対して感受性であった微生物が、何らかの方法によって、その薬剤に対して上述のメカニズムを獲得することで得られる性状であり、いちど獲得された耐性は、遺伝によってその子孫にも伝えられる遺伝的形質である。この形質は薬剤耐性遺伝子によって担われている。薬剤耐性遺伝子は、その薬剤による作用から逃れるための機能を備えたタンパク質の情報をコードしており、感受性の病原体がこの遺伝子を何らかの方法で獲得することで、薬剤耐性は獲得される。

新しい化学療法剤が開発され、医薬品として使用されるようになると、間もなくその薬剤に対する耐性を獲得した病原体が現れる。通常、1年以内にはすでに耐性微生物が検出されるようになることが多い。

特に同じ種類の薬剤を大量、あるいは長期間にわたって使用すると、環境や患者から分離検出される頻度が高くなる。特に、抗生物質の開発以降は、抗生物質が無効な風邪やウイルスや耐性菌による疾患に対しても、安易な投薬が行われた結果、薬剤耐性菌の蔓延を招いた。

ただし、耐性遺伝子の獲得自体は、常にほぼ一定の確率で起こっている現象であり、その薬剤が存在するかしないかには依存しない。薬剤の存在下で耐性微生物が高頻度で出現するのは、薬剤感受性の微生物と比べて薬剤耐性のものは有利に増殖できるため、薬剤が一種の選択圧として作用した結果、耐性の微生物だけが繁栄するためであると考えられている。この現象は菌交代現象と呼ばれる。
耐性獲得の遺伝的メカニズム

耐性の獲得には、その病原体が新たに独自の耐性機構を作り出す場合と、他の薬剤耐性病原体が持つ機構が何らかのかたちで伝達され、それを新たに取り込む場合がある。
新規の耐性獲得
ある薬剤に感受性の微生物が増殖していく過程で、薬剤耐性の微生物が新たに生まれることがある。細菌やウイルス、がん細胞などすべての病原体で起こりうる現象であり、これらの
染色体上の遺伝子が突然変異することで起きる。
耐性の伝達
微生物によっては、外来の遺伝子を取り込んだり、同種の微生物同士で遺伝子をやり取りする仕組みを持っており、この仕組みを介して、ある微生物が獲得した耐性が、別の微生物に伝達されて新たな耐性微生物が生じる場合がある。このような仕組みは特に細菌でよく研究されている(後述)。また細菌以外にも、インフルエンザウイルスのように、分節した遺伝子を持つウイルスなども、比較的高頻度にウイルス同士で遺伝情報のやりとりが行われることが知られている。
細菌の耐性遺伝子の獲得詳細は「遺伝子の水平伝播」を参照

細菌においては、ある細菌が獲得した薬剤耐性が同種または異種の細菌に伝達されることが頻繁に見られる。耐性を獲得した非病原性細菌から、病原性細菌への伝達が起きると、化学療法による治療が困難になるため医学上の大きな問題になる。

細菌には外来性の遺伝子を取り込む仕組みが存在し、これによって同種または異種の細菌同士で遺伝子の一部のやりとりが行われている。細菌の毒素などの病原因子をコードした遺伝子がやりとりされるほか、薬剤耐性遺伝子もこの機構によって伝達されることが知られており、その細菌の突然変異によって耐性を獲得する以外に、このような外来性の耐性遺伝子を取り込むことで耐性を獲得する場合が多い。

取り込まれた耐性遺伝子は、細菌の遺伝子(染色体)そのものに組み込まれる場合と、プラスミドとして染色体とは別に細菌の細胞質に存在する場合があるが、大部分はプラスミドに存在することが多い。このようなプラスミドを耐性プラスミドまたはRプラスミド(Rはresistantの頭文字から)と呼ぶ。耐性プラスミドを持つ細菌には、性線毛とよばれる細胞表面の繊維状器官によって他の細菌にプラスミドを伝達する、接合伝達を行うものがあり、グラム陰性菌やVRE(バンコマイシン耐性腸球菌)などがこれに分類される。一方、接合伝達を行わない細菌でも、形質転換や、ファージによる形質導入によって耐性遺伝子の伝達が起こりうる。
医学上の課題

日本でも、2017年に不適切な抗菌剤処方を抑制して耐性菌を増加させないよう、厚生労働省がガイドラインを作成した[18]21世紀初頭には、新たな抗生物質の開発が停滞してきており、耐性菌の問題も抗生物質の過剰な使用や誤った使用によって、抗生物質が効かない症例が急増している[19]。創傷では耐性菌を生じにくいハチミツや精油、といった、金属のナノ粒子を使ったものが研究され、創傷被覆材に組み込まれるようになった[19]

感染症あるいは癌の治療において、化学療法はその原因となる病原体そのものを排除する根治的な治療法として、重要な方法である。ところが、ある薬剤に対して病原体が耐性を獲得すると、その薬剤による治療は不可能になり、他の代替薬を用いなければならない。

さらに病原体の自然耐性の有無や、多剤耐性の獲得などによって代替できる薬剤が存在しない場合、化学療法による治療が不可能になるため、治療効果が大きく劣る別の治療法を検討するか、患者の免疫機構によって自然回復するのを待つしかできない。したがって、重症化や場合によっては死亡につながる危険性が高くなる。このことから薬剤耐性は、医学上大きな課題になっている。

また、薬剤耐性病原体による疾患の特徴として、しばしば日和見感染院内感染との関連が挙げられる。これらの薬剤耐性病原体の多くは、それ自体のビルレンス(毒性)が強くないものが多く、健常者に感染しても疾患の原因になることは無い。しかしながら、加齢や、他の疾患(AIDSなど)、ストレス疲労によって、免疫機能が低下した状態にあるヒト(易感染宿主)では、弱毒性の病原体によっても感染症(日和見感染症)を発症してしまう。

この場合、宿主の免疫機構が低下していることに加えて、病原体が薬剤耐性を獲得していると治療が極めて困難になり、通常の健常者では考えられないような弱毒性病原体による感染が、生命を脅かしかねない。病院などの医療機関では、易感染宿主となる病人が多いのに加えて、さまざまな種類の化学療法薬が普段から使用される機会が多いため、病原体が薬剤耐性を獲得する機会が多く、これらの病原体による院内感染が発生しやすい状況にある。
耐性菌の分布

医薬品を扱う医療施設や療養施設だけで無く自然環境中からも発見され、都市河川[20]のみならず、畜産地帯の河川においても薬剤耐性を獲得した細菌の存在が発見されている[21]


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