薩隅方言
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枕崎のアクセントは鹿児島主流アクセントが変化してできたものと考えられている[19]種子島の北部は枕崎と似たアクセントだが、南部ではアクセントの型区別が曖昧である。

宮崎県小林市都城市から鹿児島県曽於市志布志市付近には、尾高一型アクセントが分布する。尾高一型アクセントとは、全ての文節で最終音節を高く発音するもので、二型アクセントのA型がB型へ統合したものと考えられる[20]
文法
動詞

薩隅方言を始め九州方言には、下二段活用が残存している。また「貸す」「探す」など共通語のサ行五段動詞や、「できる」「落ちる」などの上一段動詞も下二段活用となる。共通語の上一段動詞の多くや、「寝る」「出る」などの二音節の下一段動詞は、薩隅方言では五段活用となる傾向がある。[21]

動詞の活用[22]活用例語未然連用終止・連体仮定命令意志・推量形
五段聞くキカ-ンキッ-セエ、キッ-モス、キイ-タキッキケ-バキケキコ
下二段上げるアゲ-ンアゲッ-セエ、アゲ-モス、アゲ-タアグッアグレ-バアゲアグ
カ変来るコ-ンキッ-セエ、キ-モス、キ-タクックレ-バケク
サ変するセ-ンシッ-セエ、シ-モス、シ-タスッスレ-バセス

連用形に接続する「セエ」は、「て」にあたる接続助詞。「モス」は「ます」にあたる丁寧の助動詞である。
形容詞

形容詞は、薩摩では「(高)タカカ・タッカ」のようなカ語尾と「タカイ・タケ」のようなイ語尾を併用する地域が広く、大隅・諸県ではイ語尾がかなり優勢である[23]。イ語尾の場合、終止形で連母音が融合した「タケ」(高い)、「サミ」(寒い)のような形を、他の活用形にも使って「サミカッタ」「サミカロ」のように言うようになっている[24]

形容詞の活用[25][26]活用例語連用終止・連体仮定意志・推量形
カ語尾赤いアカカッ-セエ、アコ、アカカイ-モス、アカカッ-タアカカアカカレ-バ、アカカリャ、アカカヤアカカロ
イ語尾赤いアケッ-セエ、アケ、アケカイ-モス、アケカッ-タアケアケカレ-バ、アケカリャ、アケカヤアケカロ

助動詞

断定の助動詞には、「ジャ」「ジャッ」「ジャイ」があり、いずれも「ジャル」から生じたものである。枕崎には「ダッ」、下甑島には「ダ」があり、上甑島や屋久島には「ヤル」「ヤ」がある[27]

推量には、「-ジャロ」もあるが、「終止形+ド」を用いる[26]

進行相には連用形+「ゴッ・ゴル・オッ・オル」、結果相には連用形(音便)+「チョル・チョッ」を用いる。ただし区別は失われつつあり、どちらも「チョル」で言う傾向がある[28][29]

他に、助動詞には以下のものがある[28][29][26]

未然形+ン:打消。…ない。

未然形+ンジ:打消接続。…なくて。

未然形+スッ・サスッ:使役。…させる。

未然形+ルッ・ラルッ:受身。…られる。

連用形+ス・モス・タモス・メーラスル・マラスル:丁寧。…ます。(メーラスル・マラスルは甑島のみ)

ガナル・ワナル:可能。…られる。

ゴチャッ:@様態。…ようだ。A(動詞の意志形に付いて)希望。…たい。(例)イコゴチャッ(行きたい)

ゴワス:丁寧な断定。…です。

助詞

理由を表す接続助詞には、本土で「デ」、種子島・屋久島で「カラ」を用いる。「けれども」にあたる逆接の接続助詞には、本土で「ドン・イドン・ドンカラン」、本土南部や甑島列島、種子島、屋久島、トカラ列島などで「バッテン・バッチェン・バッテ・バッチ・バッ」などを用いる[30]

助詞の「に」はイに変化し、さらに前の名詞と融合したうえで短音化する(例)そこに→ソコイ→ソケー→ソケ[31]

準体助詞には九州の他地域と同じく「ト」を用いる。

他に薩隅方言に特徴的な助詞を挙げる[32]

カラ:往来の手段。

ズイ:帰着点。まで。

ギイ:分量・程度。

ケ:往来の目的。

セエ:「て」にあたる接続助詞。

セカ:限定。さえ。

ハガッチャ:限定。しか。

ダイ:終助詞。

ド:終助詞。(例)ネド(無いですよ)

敬語体系

薩隅方言では敬語をよく使う。「ありがとう」を「アイガトモサゲモシタ」といったりするが、これは逐語的には「有難う・申し上げ・申した」がなまったものであるという。また、やはり、話す相手が目上・年下で、薩隅方言を使い分ける。
エピソード
標準語に入った薩隅方言

標準語となった薩隅方言として、よく「おい」「こら」と運動部などで体罰の隠語として使われる「ビンタ」の3つが挙げられる。

明治時代の日本の警察薩摩閥の力が強く(警察制度を立ち上げ初代警視総監となった川路利良が鹿児島県人だった)、警察官は元薩摩藩士が多かった[33]。「おい」「こら(「これは」=「あなた」の意)」、また「こらこら」(呼び掛けの「ねえ」の意)は彼らが市民の注意をひく際、話しかける際に用いた薩隅方言の言葉で、これが定着して、今日の標準語で広く使われるようになった[33]。当時は、薩摩出身の警官から薩摩弁で「こら」と言われることに威圧感を感じていた市民が多く、後に相手の態度が悪いと叱る際に使われるようになったとされる[33]。明治期当時の用例では、警官と女性の恋愛を描いた泉鏡花の作品『夜行巡査』にも次のようにして登場している[34][35][36][33]。だしぬけにこら! って.mw-parser-output ruby.large{font-size:250%}.mw-parser-output ruby.large>rt,.mw-parser-output ruby.large>rtc{font-size:.3em}.mw-parser-output ruby>rt,.mw-parser-output ruby>rtc{font-feature-settings:"ruby"1}.mw-parser-output ruby.yomigana>rt{font-feature-settings:"ruby"0}喚(わめ)かれましたのに驚きまして、いまだに胸がどきどきいたしまする ? 泉鏡花『夜行巡査』、1895(明治28)年4月「文藝倶樂部[34][35][37][36][33]

職務質問の際に「もしもし」と声掛けされるようになったのは戦後である。

また、『ビンタ』は薩隅方言では単に頭(鬢;耳脇の髪)を指す意味に過ぎないが、その昔に大学の運動部や下士官がいた鹿児島県出身者が“指導”と称して後輩などを平手打ちした事を取り違えて定着した@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}といわれる[誰によって?]。鹿児島人は、気心がしれた相手や目下の人間に対してなんらかの動作を求める際に、関連の名詞などを無造作に言い放つ傾向が強い[独自研究?]。他にも同様に薩隅方言の単語が別な意味として定着した例があると思われる[独自研究?]。
暗号に使われた薩隅方言

第二次世界大戦中の1943年にドイツから日本へ寄贈された2隻の潜水艦のうちの1隻、U-511には軍事代表委員の野村直邦中将が便乗することになっていた。当時日本の外務省と在独大使館間の情報交換は、乱数表を用いた暗号電報を使用していた。ところが、戦況の悪化に伴い使用が困難になった。そこで、重大機密事項である潜水艦U-511の出航に関する情報交換に採用した暗号が「早口の薩隅方言」だった。

薩摩出身である東京の外務省本省とベルリンの駐独日本大使館職員が出航前後に十数回、堂々と国際電話を使って話を伝えた。アメリカ海軍情報局は当然のことながらこの通話を盗聴し、さまざまな方法で暗号の解読に努めたものの、最初はどの国の言語かも判読できなかった。世界中の部族の言語まで調べた挙句、鹿児島県加治木町(現・姶良市)出身の日系二世・伊丹明の手により、ようやく薩隅方言だと特定され、会話の内容が解読できた[38]のは録音から2か月後の事だった。

また、ドイツもゲーリング調査局が日本大使館の国際電話を盗聴しており、それに気づいた日本側は同じように薩隅方言で用件を伝えあうようにした。なお、アメリカと違ってドイツ側はこの暗号を解読できなかったという[39]

なお、NHK大河ドラマ山河燃ゆ』でも、ユダヤ人の科学者が原子爆弾を作るという情報を薩隅方言で話した内容が傍受され、声の主が恩人だとわかった主人公が義理と職務のはざまで苦悩しつつ英訳するシーンが描かれている。
薩隅方言は人工言語?

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出典検索?: "薩隅方言" ? ニュース ・ 書籍 ・ スカラー ・ CiNii ・ J-STAGE ・ NDL ・ dlib.jp ・ ジャパンサーチ ・ TWL(2019年9月)

薩隅方言は、アクセント等が関東方言関西方言と大きく異なっていることはもちろん、他の九州各地の方言と比較しても、語韻の踏み方や間の取り方、言い回しなどが大きく違っていて、耳にした者に強い印象を与える傾向がある。

こうした印象を受け、“薩隅方言人工言語説”がまことしやかに語られることがある。中央の言葉とは全く異なる言葉を使うことで情報の漏れを防ぎ、幕府の隠密の侵入を難しくする、他国人を言葉で聞き分けるといったことを企図して、薩摩藩が意図的に自国の言葉を作り替えたのだ、というものである[誰?]。たとえば横山光輝の『伊賀の影丸・七つの影法師の巻』内において松平信綱が薩摩藩についてこのような発言をするなど、時代劇において薩摩藩の優れた戦略性、手強さを盛り上げるエピソードとして使われることがある。

ただしこの言説については、信頼できる言語学関連の学説として学会などで肯定的に取り上げられたことはない。
語彙をめぐるエピソード

南の玄関口として栄えた地域だけに、特に近世以後は外来語が方言に取り込まれたという例もある。黒板消しという意味で使われる「ラーフル」という言葉は標準語ではなじみが薄いが、外来語由来であると推測されている[注 3]。語源は諸説あるが、一説によればオランダ語の rafel(擦る・布きれ)が由来であるらしい。ただし、この単語は鹿児島以外でも宮崎・愛媛などで使われており、方言周圏論で説明できるという向きもある[40]

特徴的な単語の例として、「いした」(地域によって「いして」「い(ひ)っちゃ」「いっちゃび」などとも言う)という言葉がある。これは一種の間投詞なのだが、自分の体に液体が触れたとき、あるいは「しまった」というときに“おもわず”発してしまう言葉である。
語彙例九州視察報告「薩摩お伽噺・薩摩ことば」明治43年(1910年

(五十音順)
<あ>

アイ:単数三人称代名詞。「あれ」という代名詞が変化したもので、「彼」「奴」の意。同様にして「これ」を「コイ」、「それ」を「ソイ」という風になる。

アイドン:複数三人称代名詞。彼等。

アイガトゴワス:ありがとうございます。

アイガトモシャゲモシタ:ありがとうございました。

アキネ:商い。

アタイ/アテ:私。一人称代名詞。

アタイゲエ/アテゲエ:私の家。

アタイゲン/アテゲン:私の家の。

アタイヤ/アテヤ:私は。(あたいや/あてや、したん→私は、知りません)。

アチ:熱い。暑い。厚い。

アッタカン、シタンドン:あったかも、知れないけれど。

アッタブッ/アッタム:暖める。

アッタラシカ:もったいない。(←古語「あたらし」)

アッパッ:持て余す。焦る。いっぱいいっぱい。驚く。

アップチャ:雨蛙。

アニョ/アンニョ:お兄さん

アマメ:ゴキブリ(油虫)。

アマン:酢。

アンター:あいつは

アンネコッ:アブネこと→危険なこと

アンベ:アンバイ→按配。体調。

<い>

イオ:(生きている)魚。

イケン、シタトナ?:どう、したんだい?

イズン:
出水

イタカ/イテ:痛い。(お湯などが)熱い。

イッカスッ:言い聞かせる。教える。

イッキ:すぐに。「一騎来んめ(第一騎が来ない間に)」が省略されたもの。「戦時における第一の騎馬が攻めてこないうちに」という意味。これに似た表現として「太刀んこんめ」というものがあった。「一太刀が来ない(振り下ろされない)間に)という意味。

イッスカン:気に入らない。一つも好かない。

イットッ/イットイ:ちょっと、少しの時間。一時(いちとき)の促音化。(いっとっ、だまっちょれ→少し、黙っていろ)

イッナ/インナ:いつですか。

イッペコッペ:あちこち。

イブスッ:指宿

イミシタン:意地悪な。転用で「イミジイ」→小難しい、晦渋な、という意の用例もある。

<う>

ウイケ:売り買い。

ウケ:多い。

ウッカタ:女房(家方[うちかた]の訛り)。

ウソヒィゴロ:うそつき(「嘘」をはく←ヒる + 奴←ゴロ)

ウッタクッ:殴る。(ゆこちゅ、きかんと、うったくっど→言うことを、聞かないと、殴るぞ)。また「ウッサクッ」と変化している場合もある。

ウッゼラシカ:うるさい。(『セカラシカ』より、きつい言い方)。ややこしい意にも用いる。

ウド:空っぽ。

ウルエ:潤い。

ウンナゲン:うちの、私の

ウン:海。(ウミの転移)


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