2016年1月16日、2016年総統選で国民党の朱立倫、無所属の王如玄、親民党の宋楚瑜、民国党の徐欣瑩を破り、初当選した。得票数で2位の朱立倫を300万票以上上廻り勝利し、中華民国初の女性総統となる[36]。
2018年11月24日、統一地方選挙の敗北の責任を取って党主席の辞任を表明[37]する。
2020年5月20日、総統就任と同時に民進党の主席に復帰した[38]。
2022年11月26日、統一地方選挙の敗北の責任を取って再び党主席の辞任を表明[39]する。
中華民国総統「蔡英文政権(英語版)」を参照
2016年5月20日、中華民国総統に就任した[40]。
同年8月1日、「原住民族の日」に政府を代表して原住民に日本統治時代の同化・皇民化政策や戦後の中華民国政府の方針について謝罪した[41][42]。
同月16日に「対外経済戦略会談」を開き、東南アジア諸国や南アジア、ニュージーランド、オーストラリアとの関係を強化する「新南向政策綱領」を採択した[43][44]。
同年12月2日、アメリカ次期大統領のドナルド・トランプと、電話会談を行った[45]。電話会談が公になるのは、1979年にアメリカが台湾と断交して以来初めて。その後も蔡は再会談の可能性を示唆したが[46]、大統領就任後のトランプは中国の習近平国家主席(党総書記)と「個人的な良好な関係を築いた」として応じない意向を示した[46][47]。
2017年1月にアメリカ経由で中央アメリカの4か国を歴訪した。1月7日、台湾桃園国際空港を出発[48]。同日、アメリカ・ヒューストンに到着[49]。1月9日、ホンジュラスでフアン・オルランド・エルナンデス大統領と会談[50]。同日、ニカラグアに到着し、ダニエル・オルテガ大統領と会談[51]。同月11日、グアテマラでジミー・モラレス大統領との首脳記者会見を開催[52]。同月13日、エルサルバドルを訪問し、サルバドール・サンチェス・セレン大統領と会見[53]。15日に帰国[54]。
招待状が届かなかった2017年5月の世界保健機関の年次総会(WHA)に関して、12回のTwitter投稿を行った[55]。
同年5月25日、中国人民解放軍の奇襲上陸を想定した演習を視察し、「(陸空海)三軍の統帥として、わたしは中華民国軍最大の後ろ盾となる」と決意を見せた[56]。
同年10月28日、太平洋諸島諸国訪問に出発[57]。経由地のハワイで昼食会に出席[58]。10月30日午後にマーシャル諸島に到着し、31日に同国の国会で演説[59]。11月1日正午にツバルに到着し5時間滞在[60]。2日にソロモン諸島の国会で演説[61]。3日正午に経由地のグアムに到着し、4日に帰国[62]。
2019年7月11日、カリブ海諸国訪問に出発[63]。経由地のニューヨークで外交関係のある国の国連代表と面会した。コロンビア大学で講演を行い、ナンシー・ペロシ下院議長と電話会談を行った。13日にハイチに到着し、製品展示会開幕式に出席した[64]。15日にセントクリストファー・ネービスを訪問し、総督より勲章を授与された[65]。17日にセントビンセント・グレナディーンを訪問し、議会で演説した[66]。
同年8月、国立台湾大学の賀徳芬(中国語版)名誉教授とノースカロライナ大学シャーロット校(英語版)の林環牆准教授が、蔡はロンドン・スクール・オブ・エコノミクス (LSE) の博士号を取得しておらず経歴詐称であるとして告発したが、LSE側が蔡の学位取得証明書と博士論文のコピーを提出したことでフェイクニュースであると判明した[67][68][69]。
2020年1月11日、総統選挙で1996年の直接選挙以来過去最多の得票数の8,170,231票で国民党の韓国瑜と親民党の宋楚瑜を破り再選した。[70]。5月20日に就任式を行い2期目を開始する[71]。
2021年7月6日、チベット仏教の精神的指導者であるダライ・ラマ14世の86歳の誕生日にあたり、SNSを通じて誕生日を祝し「(新型コロナウイルス感染症の)大流行が続く中、互いに助け合うため活動することがなぜ重要かを教えてくれたことに感謝したい」と伝えた[72]。