著作者人格権
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著作権の保護期間」も参照
同一性保持権「同一性保持権」も参照

著作物を無断で改変されない権利を同一性保持権と呼ぶが、どこからが改変にあたるのかが問題となる。たとえば雑誌の紙面上の都合で修正したり、別の文章を足したり、写真の一部をカットしたり、映画に一部別のシーンを挿入したりすることである。また、小説や映画などの中身だけでなくタイトルにも同一性保持はおよぶ。さらに原著作物だけでなく、小説の映画化や楽曲の編曲といった二次著作物であっても、原著作者の主観的な意志を尊重しなければならない[17]

ただし、利用者側の観点でやむをえないと判断される場合や、改変によって著作者を精神的に傷つけるおそれがない著作物の場合は、改変が認められる。たとえば学校教育に利用される著作物にフリガナを振る、旧字体を常用漢字に変えるといった利用は認められている。ソフトウェアの場合は、バグ (不具合) を改修したり利便性を増すためにバージョンアップすることが想定されるため、同一性保持権は制限される[18]

いわゆる「パロディ」については、国によって扱いが異なる。パロディが著作権侵害に当たらないと明記している希な国がフランスである (L122条-5)[19]。著作者人格権の保護範囲が狭い米国においては、パロディを含む変形的利用(英語版) (transformative use) は、著作者人格権ではなくフェアユース (公正利用) の文脈で合法性が個別に判断されている[20]。パロディなどの同一性保持権に関しては、各国で判例が存在する (詳細は#各国の対応で後述)。
名誉声望保持権

たとえ著作物を改変していなくとも、著作物の利用方法次第では著作者の名誉を傷つけることがある。たとえば、名画を風俗店の看板に利用する行為が名誉声望保持権の侵害にあたるとされている。社会的な評判が傷つけられたかどうかが問われるため、著作物の公表方法が実名ではなく変名や無名であっても、著作者は名誉声望保持権を有していると考えられる[21]

なお、著作者の名誉を守る法的手段として、著作権法上の名誉声望侵害を訴えるだけでなく、一般的な民法上の名誉毀損で損害賠償や差止などを提訴できる。また刑事上の名誉毀損罪での告訴もありうる[22]
出版権廃絶請求権と修正増減請求権

自分の著作物の内容に満足して、公表権を行使して著作物をいったん公表した。しかしその後に不備に気付き、そのまま公表され続けることが精神的苦痛につながる場合は、著作物の複製をやめるよう求めることができるという考え方が出版権廃絶請求権である。同様の理由で、修正版への差し替えを要求する権利が修正増減請求権である。しかし、著作者から出版権を獲得した出版社に対し、出版済またはこれから出版予定の著作物を市場から回収する義務や、修正版に差し替える義務を負わせるとなると損害が発生することから、これら請求権を著作権者が行使する際には、出版権者に対する損害補てんが前提となる。また修正増減請求権の場合は、現時点で市場に出回っているものではなく、今後増刷する複製物のみを差し替えの対象としている。なお、日本の著作権法上では廃絶請求権は出版物に限定している[23]
国際条約上の保護

著作者人格権が、実際の法律上でどのように保護されているか見ていく。著作権者の権利に関する主な国際条約には、発効年の古い順にベルヌ条約万国著作権条約TRIPS協定WIPO著作権条約の4本がある。このうち、著作者人格権の観点からはベルヌ条約とTRIPS協定の2本が特に重要である。なお万国著作権条約は、ベルヌ条約の条件が厳しくて加盟できなかった国々に対する橋渡し的な役割を担っていたものの、その後各国が国内法を整備してベルヌ条約も締結できたことから、21世紀に入ってからは法的な役割を終えている。WIPO著作権条約 (世界知的所有権機関 (WIPO) 主管) は、インターネットの普及に伴うデジタル著作物の技術的保護を重点的に定めており、ベルヌ条約の「2階部分」とも言われている。著作者人格権の観点では今なお、1階部分のベルヌ条約がベースとなっている[24]。以上の理由から、ベルヌ条約とTRIPS協定に絞って解説する。
ベルヌ条約.mw-parser-output .side-box{margin:4px 0;box-sizing:border-box;border:1px solid #aaa;font-size:88%;line-height:1.25em;background-color:#f9f9f9;display:flow-root}.mw-parser-output .side-box-abovebelow,.mw-parser-output .side-box-text{padding:0.25em 0.9em}.mw-parser-output .side-box-image{padding:2px 0 2px 0.9em;text-align:center}.mw-parser-output .side-box-imageright{padding:2px 0.9em 2px 0;text-align:center}@media(min-width:500px){.mw-parser-output .side-box-flex{display:flex;align-items:center}.mw-parser-output .side-box-text{flex:1}}@media(min-width:720px){.mw-parser-output .side-box{width:238px}.mw-parser-output .side-box-right{clear:right;float:right;margin-left:1em}.mw-parser-output .side-box-left{margin-right:1em}}ウィキソースにベルヌ条約 (1971年パリ改正版)の日本批准時の日本語訳があります。

締結済が187か国 (2019年5月現在) に上り[25]、かつ著作権保護の基本方針をとりまとめたのがベルヌ条約である。ベルヌ条約の第6条では著作者人格権の保護を規定しており、主な特徴は以下の通りである。

著作者人格権の種類として、氏名表示権、同一性保持権、名誉声望保持権を認める (第6条の2第1項)。

公表権については、1928年のローマ改正の際に追加が提案されるも実現せず、ベルヌ条約に規定がない[26]

著作財産権が他者に移転した後も、著作者人格権は著作者が保有する (第6条の2第1項)。

著作者の死後も著作者人格権は存続する (第6条の2第2項)。

著作者人格権の放棄 (不行使契約の締結) の可能性についてはベルヌ条約に規定がない。

ところがベルヌ条約が大陸法をベースにしていることから、英米法を採用する諸国はベルヌ条約を締結できず、アメリカ合衆国にいたっては同条約の発効 (1887年) から約1世紀もの間、著作者人格権が米国著作権法内でまったく規定されてこなかった。さらにベルヌ条約締結後も、著作者人格権が視覚芸術作品に限定して認められていることから、米国はベルヌ条約違反だとの批判もある。「著作権法 (アメリカ合衆国)#著作者人格権」も参照
TRIPS協定英語版ウィキソースに本記事に関連した原文があります。TRIPS協定 (1994年署名・1995年発効) の英語原文

ベルヌ条約の保護水準を引き上げる目的で採択されたのが、1995年発効のTRIPS協定である。これはベルヌ・プラス方式とも呼ばれ、TRIPS協定の締結国はベルヌ条約も遵守することが求められている。しかしこのベルヌ・プラス方式からは、著作者人格権を規定したベルヌ条約第6条の2が除外されている[27][28]。これは、ベルヌ条約違反だと批判されているアメリカ合衆国を救済するために取られた措置と言われている。なぜならば、TRIPS協定はWTO (世界貿易機関) の協定の一部として作成されており、WTOは提訴や報復措置などの制度を採用しているからである。つまり、著作者人格権をTRIPS協定に含めてしまうと、著作者人格権の保護水準が低いアメリカ合衆国に対し、WTO加盟国からの提訴が頻発するリスクがあったからである[29]
各国の対応

国際条約は各国の足並みを揃えるために、最低限の水準を規定しているのに対し、その条約の加盟国はそれぞれ著作権の国内法を整備することで、何が著作者人格権の侵害行為にあたるのか、侵害が起こった際にはどう裁くのかを細かく規定している。さらに著作権法に基づいて下される裁判所の判決は、国ごとだけでなく個別訴訟ごとに大きく異なる。
日本

日本の著作権法でも、一身専属性が規定されている (59条)。また、日本法では一身専属性のある権利は相続の対象にはならないため (民法896条但書)、著作者人格権も相続の対象にはならない。

ただし、ベルヌ条約6条の2(2)が著作者の死後における著作者人格権の保護を要求していることから、著作者の死亡・解散後も、著作者が存しているならば著作者人格権の侵害となるような行為を禁止するとともに(60条)、著作者の2親等内の親族または遺言指定人による差止請求権や名誉回復措置請求権の行使が認められている(116条)。ただし、116条の行使権は著作者人格権と同様に一身専属であるため、著作者の2親等内の親族が全て死亡(失踪宣告を含む)した場合は行使権者はいなくなると解される[注 1]。人格権保護の行使権者がいなくなった場合、日本では法第120条に基づく刑事介入だけが存続する[注 2]

著作者人格権の放棄の可能性についてはベルヌ条約と同様、日本の著作権法にも規定はない。この点については、日本では事前に包括して放棄することはできないと一般的に解されており、範囲を限定しない著作者人格権の不行使契約について無効とする見解もある。このような考え方は、著作者人格権は一般的な人格権と同質の権利であるという理解を前提に、人格権は権利者の人格にかかわるものであり、物権的処分をすることは公序良俗に反するという考え方に基づいている。

後述するとおり、日本の著作権法は、ベルヌ条約に規定されていない種類の著作者人格権をも認めている(著作権法第2章第3節第2款)。また、著作権法が規定する著作者人格権には該当しなくても、民法の不法行為に関する規定により著作者の人格的利益が保護される場合もある。
同一性保持権

同一性保持権とは、著作者の意に反して、著作物及びその題号の変更や切除その他の改変をすることを禁止する権利のことを指す(著作権法20条1項)。

ただし当該権利は、次のいずれかに当たる場合には適用されない。

教科用図書等への掲載(第33条第1項、4項)、教科用拡大図書等の作成のための複製等(第33条の2第1項)または学校教育番組の放送等(第34条第1項)の規定に基づき利用する際に、用字又は用語の変更その他の改変で、学校教育の目的上やむを得ないと認められる場合

建築の著作物については、建築物の増築、改築、修繕又は模様替えによる改変

特定の電子計算機においては利用し得ないプログラムの著作物を当該電子計算機において利用し得るようにする(移植)ため、又はプログラムの著作物を電子計算機においてより効果的に利用し得るようにするために必要な改変をする場合
[注 3]

ほか、著作物の性質並びにその利用の目的及び態様に照らしやむを得ないと認められる改変

侵害に対する刑事罰

著作者人格権を侵害した場合、日本の著作権法では、著作者人格権等侵害等罪として第119条2項により5年以下の懲役若しくは500万円以下の罰金(又はこれらの併科)に処される。


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