蠕虫型個体に比べ滴虫型幼生は細胞数が多く、体制はかなり複雑である[4]。滴虫型幼生の体は卵形で、後半に繊毛を具えている[4]。前端の2細胞は頂端細胞(ちょうたんさいぼう)と呼ばれ、各1個ずつ屈光体 (くっこうたい、refringent body)を持つ[4]。この小体は強度に中和されたイノシトール6リン酸のマグネシウム塩(C6H6P6O24Mg6・50H2O)という単一の化合物からなる[4]。体内に腔所を持たない蠕虫型個体に対し、滴虫型幼生は体内に芽胞嚢腔 (がほうのうこう、urn cavity)をもつ[4]。その内部には後側を嚢壁細胞 (のうへきさいぼう、capsule cell)により覆われた芽胞嚢細胞 (がほうのうさいぼう、urn cell)があり、それらはそれぞれ1個ずつ芽胞細胞 (がほうさいぼう、germinal cell)を内蔵している[4]。芽胞嚢腔の壁の一部を作る腹内細胞 (ふくないさいぼう、ventral internal cell)は腔内に向けて細胞表面に繊毛を備え、その細胞質にはPAS染色陽性でアミラーゼによって分解されない多数の顆粒がある[4][35]。 ニハイチュウの発生は無性生殖・有性生殖ともに成体(無性虫)の軸細胞内でおこり、蠕虫型幼生および滴虫型幼生が発生する[13]。このような発生現象は他の後生動物からは知られていない[13]。軸細胞内には様々な発生段階の胚が存在しており、いずれの胚も完成の都度、体外へ放出されて幼生となる[13]。放出の際、軸細胞の傷口はすぐに修復される[13][36]。ニハイチュウの発生は非常に簡単であるが、プログラム細胞死が見られるなど厳密にプログラムされていることが知られている[3][37]。 Dicyema balamuthi ヤマトニハイチュウ
発生
蠕虫型幼生の発生
インフゾリゲンの発生も蠕虫型幼生の発生と同様に軸芽細胞から起こる[3]。腎嚢内の個体群密度が高まると、それまで蠕虫型幼生を作っていた軸芽細胞の1個が不等分裂を行い、小さい方の細胞は細胞質を失って軸細胞内に留まるが、大きい方の細胞がインフゾリゲンを形成する[3][13]。
ヤマトニハイチュウ
Dicyema japonicum を用いた実験[38]では、インフゾリゲンとなる細胞はさらに不等分裂によって大小の細胞に分かれ、大きい方の細胞は均等分裂を行ってインフゾリゲンの軸細胞と卵原細胞を生じ、小さい方の細胞は精原細胞となる[13]。これ以降、インフゾリゲンの軸細胞は分裂を行わず肥大し、細胞質内に精原細胞を取り込む。卵原細胞はインフゾリゲンの軸細胞の表面に留まって均等分裂を繰り返し、卵系列(それ以降の卵原細胞と第1卵母細胞を生じる細胞系列)の始祖となる[13]。第1卵母細胞は減数分裂を行うが、第1分裂前期に入ると精子の侵入を待ち分裂を一時停止する[13]。一方、インフゾリゲンの軸細胞内の精原細胞は均等分裂を繰り返し、以後の精原細胞と第1精母細胞を生じる細胞系列の始祖となる[13]。第1精母細胞は減数分裂を行い精細胞となって、直ちに変形し直径約2 μm(マイクロメートル)の精子となる[13]。完成した精子は鞭毛をもたずアメーバ運動により移動し、インフゾリゲンの軸細胞から出てその表面に位置する直径約12 μmの第1卵母細胞内に侵入して受精卵を生じる[13]。滴虫型幼生はインフゾリゲン内で分化した卵と精子の自家受精により受精卵から発生する[13][3]。精子の侵入を受けた第1卵母細胞は減数分裂を再開し、極体を放出して両核の合体が起こる[13]。受精卵はインフゾリゲンから脱出し、発生を続けながらロンボジェンの軸細胞内で体の両極端に移動する[13]。卵割様式は等全割で、初期発生は螺旋卵割であり、24細胞期以降左右相称型に移行する[3]。 ニハイチュウをもつ頭足類が分布する海域は温帯から南極沿岸にかけてが多く、熱帯から亜熱帯の頭足類には寄生率が低い傾向がある[2][25]。日本では、沖縄沿岸の珊瑚礁に棲むワモンダコ
分布