菊タブー
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CMは放送局の自主規制により中止される。

1993年(平成5年)には宝島社本社と文藝春秋社長宅に対して反皇室報道(主に第125代天皇上皇明仁とその皇后美智子の生活態度に対する批判)に抗議するとして拳銃弾が撃ち込まれた[15]

2006年(平成18年)11月には、雑誌『週刊金曜日』主催の集会において、皇室を批判した劇が演じられたが、週刊新潮は「内容は誹謗中傷にあたる」との記事を書いた[16]ことから、ブログ等々から批判が殺到した。週刊金曜日は最終的に不適切だったとして謝罪した。

テレビ局を中心としたマスコミ報道では、大統領や他国の君主の日本における行動の表現は常体だが、日本の皇族についてのみ最高敬語(される・なさる)を用い、天皇の死を天皇・三后などにのみ使われる表現である崩御と表現するほか、他の皇族にも(ご)逝去ないし薨去(三后には崩御)と用いるなどしている。また、敬称は「陛下」、皇族なら乳幼児であっても「さま」といった表現が用いられる。
宮内庁と報道規制

平凡社発刊の雑誌『平凡』で連載されていた小山いと子の小説「美智子さま」は、1963年(昭和38年)に宮内庁から私生活侵害として抗議があったことから打ち切りとなった[17]1990年平成2年)には、新聞各紙に掲載された秋篠宮同妃の写真について、意図した記念写真ではないことを理由に宮内庁は掲載中止を求めている[18]。また、2005年(平成17年)紀宮清子内親王の結婚式報道において、宮内庁は警備上の理由などから上空取材の自粛を宮内庁記者会に要請した。NHKは警視庁が設定した飛行自粛要請区域の外側からの取材であるなら警備面での問題はないと考え、宮内庁の自粛要請の範囲外であるとして上空取材を行った。これに対して宮内庁はルールが守られなかったことを理由に、結婚式記者会見へのNHK記者の出席を事実上拒否する要請を行った。NHKはこの要請に従い、取材自粛に沿わなかったとして陳謝している。

現在、皇室を問うたり批判したりするような番組はほぼ存在しない。“皇族モノ(春と秋の番組改編期における『皇室スペシャル』など)は肯定的な内容の番組以外、作る事は憚られる雰囲気がある”と一部で言われる[19]。一部の新聞社では電子版紙面に専用コーナーを設けて、皇室・皇族の日々の動きを追っている。

しかし、宮内庁の抗議は、後述される『プリンセス・マサコ』の出版を差し止める一方で、週刊誌の当皇太子妃雅子への批判の多くを見逃しており、公平性を欠いた部分がある。
タブーを恐れる国民意識の存在

1959年(昭和34年)、当時の皇太子明仁親王正田美智子(第125代天皇とその皇后)の婚礼パレードにおいて投石事件が発生、国を挙げての祝賀ムードに水を差すものとして、犯人である少年と家族は村八分とも言える扱いを受け、世間から隠れるようにして暮らした[20]

1988年(昭和63年)、昭和天皇の入院の際には、娯楽系のテレビ番組休止やコマーシャルの台詞に配慮[注釈 1]といった形での自粛が行われ、祝宴などの華やかな行事、地域の祭りやスポーツ大会も自粛する動きがみられた。イギリスの『ザ・サン』が「地獄が天皇を待っている」と書いた事について外務省から在日大使館を通じての抗議申し入れがされた他、自民党の某議員は「特派員が日本にいるなら国外追放すべし」と息巻いた。もっとも、皇太子(当時)の「過剰な反応は陛下の心に沿わないのでは」という発言が報じられると、“自粛を自粛”しようという動きも見られた。

1989年(平成元年)2月2日、突如各紙朝刊に扶桑社大日本印刷株式会社の連名で「2月2日発売の『スパ!』の記事の一部に不穏当な誤植がありましたことを深くお詫び申し上げます(原文)」の謝罪広告が掲載され、その週の『SPA!』が発売中止になった。これは『SPA!』で当時連載されていたコラムの中で大正天皇が大正洗脳と打ち違え・誤変換のまま印刷されてしまった校正ミスが原因だが、その詳細については謝罪広告では一切触れられなかった。

1993年(平成5年)には漫画家の小林よしのりが同じく『SPA!』で連載していたゴーマニズム宣言において「カバ焼きの日」と題して皇太子徳仁親王の結婚とそれを報道するマスコミをギャグにした作品を執筆した際に編集部内で問題となりその回だけ急遽連載休止になった。次号で小林はこれに反発し連載休止に追い込まれた件の作品を『ガロ』で発表した(ゴーマニズム宣言の項を参照)。また、これと同じ時期に『週刊実話』に掲載されたイラストが、皇室を侮辱するものではないかと編集部内で問題になり、その週の『週刊実話』が発売中止、自主回収された。

2004年(平成16年)12月9日発売の『女性セブン』は、皇室記事の見出しで「皇太子」の「太」が「大」と誤植されていたことを印刷途中で気付き作業をやり直した為発売が4日延期された。

2006年(平成18年)9月の悠仁親王誕生に際して「国民の奉祝ムード」の中、その「ムード」を皮肉るような口調で批判した乙武洋匡ブログ荒れ、乙武は最終的に謝罪に追い込まれた。同年10月には佐賀県で、毎日新聞記者が天皇・皇后の来県を批判的に知事に質問したことについて、インターネット右翼を中心に記者が在日韓国・朝鮮人であることを理由とした記者の解雇、免職を毎日新聞社に対し要求する動きが出た。毎日新聞社はこの記者に厳重な注意を行ったと発表した。

2007年(平成19年)2月、講談社ベン・ヒルズプリンセス・マサコ』(Princess Masako―Prisoner of the chrysanthemum throne)日本語版出版中止を決定。外務省宮内庁がヒルズに対して抗議したが、ヒルズは「謝罪の必要はない。


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