船長の最後退船は、海事における伝統の一つで、船長が自分の船とその船に乗っている全ての人に対して最終的な責任を持ち、緊急時には船上の人を全て助けてから最後に退船するか、さもなくば死を覚悟するというものであった。これは19世紀、ヴィクトリア朝時代の騎士道精神を反映したもので、自分より弱き者たちを助けることを優先するモラルは人々から称賛された。
だが称賛され船長のモラルとされた結果、極端な事例も発生し、1980年、LNG船が関門海峡の投錨地で座礁した際にアメリカ人船長がピストル自殺した例[15]、1997年、福井県沖でナホトカ号重油流出事故が発生した際にロシア人船長が救出を拒否して後日、遺体となって発見された例[16]も起きた。
日本では、前述のように船員法第12条で船長の最後離船が、同法123条で罰則規定が定められており法的な義務として定着していた。しかし1969年から1970年にかけてぼりばあ丸事故、波方商船の「波島丸」事故、かりふぉるにあ丸事故と立て続けに3件の遭難事故が発生する中で、それぞれの船の船長が離船を拒否して殉職する例が見られたため、日本船長協会は「誤った社会通念を生む」として船長の責任を軽くするよう主張を行った。この結果、[いつ?]法改正が行われ、船長の最後離船、最後退船は法的義務ではなくなった[17]。
一方で真逆のことも起きており、日本以外の国では、伝統が存続していると人々が信じて期待していたにもかかわらずいつしかその伝統は失われてしまっていて、法的にも遭難した船を船長が見捨てることは犯罪と判断されることがあるにもかかわらず、2012年のコスタ・コンコルディアの座礁事故[18]の様に、女遊びにうつつを抜かし飲酒もしていた船長が、乗客が必死に他の乗客を救助している最中に、全く救助作業をせずさっさと自分だけ避難するような、極端に卑劣でおぞましい事件も起きた。この事件は欧米に衝撃を引き起こし最後退船に関して議論が起き、もはや船長にモラルは期待できないと悟った人々も多く、船長職に対する尊敬の念は失われ、処遇も見直すべきとの話にもなった。
また2014年のセウォル号沈没事故[19]では、船長が救助の現場での指揮、監督を放棄して避難し、多くの高校生の命が失われ遺族たちが悲しみにくれた韓国では深刻な問題となった。
脚注
注釈^ 日本語では「船長」「艦長」を区別するが、英語ではいずれも Captain である。
^ イギリス海軍における歴史的経緯により(詳細は「海尉#海尉の階級の位置付け」を参照)、英語の Captain は「艦長(海軍士官の職務)」と「海軍大佐(海軍士官の階級)」の両方を指すため、混同が生じ得る。
^ 水雷艇、掃海艇など「**艇」の長は艇長(ていちょう)という。
出典^ 「captain (2)」『ジーニアス英和辞典』(第3版)大修館書店。
^ a b 田村諄之輔 、平出慶道『現代法講義 保険法・海商法補訂第2版』青林書院、1996年、162頁。
^ 在日米海軍司令部のツイート(2010年11月4日付)
^ “新着資料の紹介コーナー 第21回「神戸大学海事博物館」”. みなとの博物館ネットワーク・フォーラム (2016年3月1日). 2023年7月5日閲覧。
^ “船乗りの仕事”. 海の仕事ドットコム. 国土交通省 海事局 海技・振興課 海事振興企画室. 2023年7月5日閲覧。
^ “船乗りの仕事一覧:船長”. 海の仕事ドットコム. 国土交通省 海事局 海技・振興課 海事振興企画室. 2023年7月5日閲覧。
^ “ ⇒肩章のはなし”. 中国地方海運組合連合会 (2020年4月9日). 2023年7月5日閲覧。
^ ⇒艦長・機長の席は右?左?
^ a b c d e f 田村諄之輔 、平出慶道『現代法講義 保険法・海商法補訂第2版』青林書院、1996年、163頁。