自己愛性人格障害
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これらの特性が自己愛性パーソナリティ障害にも見られる場合、それは主に自己の不完全さや欠陥があらわになることへの怖れから生じるものである[49]
境界性パーソナリティ障害
境界性パーソナリティ障害では、対人関係において支持への要求を顕著にあらわすが、自己愛性パーソナリティ障害の場合はそれよりも巧妙な手段を用いることが多い。自身を否定された時の過敏性は共通している。境界性パーソナリティ障害は情緒が極端で、対人関係の安定性が低いのに対し、自己愛性パーソナリティ障害はより安定し持続した関係を持つことができ、尊大であり自己評価も高い[68]
演技性パーソナリティ障害
演技性パーソナリティ障害は感受性が強く、情緒に富み、誘惑的だが、自己愛性パーソナリティ障害は冷淡で、共感性に欠け、賞賛を求める。自己愛性パーソナリティ障害は社会的評価の低下を伴ってまで他者の関心をひこうとはしない[49]
反社会性パーソナリティ障害
反社会性パーソナリティ障害と自己愛性パーソナリティ障害は人を利用し、表面的で、共感性を欠くという点で共通しているが、反社会性パーソナリティ障害は賞賛を必要としない。自己愛性パーソナリティ障害は衝動性・攻撃性を必ずしも有しておらず、社会的制裁を被るような行為障害や犯罪の既往は通常見られない[49]
回避性パーソナリティ障害
回避性パーソナリティ障害は理想的(誇大的)自己と無能的自己に分裂し、等身大の自分が欠如しているという自己愛性パーソナリティ障害と同様の構造を有しているが[69]、自己愛性パーソナリティ障害における無能的自己が強力に否認・抑圧され、認識されていない状態とは異なり、回避性パーソナリティ障害はその両者が意識化されている。そのため激しい怒りや嫉妬の感情が表面的にはコントロールされており、より高次の機制が用いられている。
治療

治療の中心は精神療法である[70]薬物療法は抑うつ症状等に対する対症療法として行う。
病理学

自己愛性格者および自己愛性パーソナリティ障害に対する治療的試みは、ジークムント・フロイトマスターソンロゼンフェルドカーンバーグコフートによるものが広く知られている。

ジークムント・フロイトは、現代の疾患単位でいえば自己愛性パーソナリティ障害の人々が含まれる自己愛神経症の治療を行っていたが、これらの患者には対象転移が生じず、自己愛転移しか生じないため、精神分析では治療できないと結論づけていた[71]マスターソンは、自己愛性パーソナリティ障害の人物もまた見捨てられ抑うつを抱えており、分離不安や共感の失敗が万能や価値下げなどの防衛を導くと指摘した[72]。また対象表象があたかも自己表象の構成部分であるかのように行動すること、幼児期の誇大感と万能感を維持し続けていることから、マーガレット・マーラーの発達理論における分離個体化期において発達停止が生じていると分析した。治療においては、自己愛の脆弱性を積極的に解釈し、葛藤を徹底操作していくことが重要であると報告した[73][74]ロゼンフェルドは、分裂ゆえに妄想的な被害感情を持つ心の態勢と、抑うつを受け止め償おうとする心の態勢の間に、見せかけの適応を示し変化を拒絶する自己愛構造体が自己愛性パーソナリティ障害の人々に特徴的に見られることを見いだした。こうした、いわば第三の態勢を生み出す悪性の防衛を放棄させることが、治療の眼目であるとロゼンフェルドは指摘した[75][76]

最も広く知られている治療理論はカーンバーグとコフートによるものであるが、彼らは自己愛性パーソナリティ障害に見られる転移を、積極的に直面化し解釈することあるいは共感的に扱うことで治療可能であることを報告した[53]。2人の治療理論にはそれぞれ対照的な部分があるが、それは素材となった患者群の違いによるところが大きいといわれる。コフートが診療を行った患者は、自己評価の傷つきやすさを抱えながらもそれなりの社会適応を果たしており、外来治療が可能な人々であった。対してカーンバーグの患者は入院治療を必要とする人達を含むより重症の患者群であり、境界性パーソナリティ障害と区別がつかない人達を含んでいた[53]。両者の治療論は以下である。

自己愛性パーソナリティ障害の精神力動的理解と治療カーンバーグコフート
・怒りを生得的に持ち合わせた一次的なものと見る
・自己愛性人格は境界性人格の下位分類である
・誇大的自己は病的構造と見る
・理想化を防衛手段として直面化し、解釈する理解・怒りは共感的反応を得られない時に生じる二次的なものと見る
・自己愛性人格は境界性人格とは区別される
・誇大的自己は正常な発達過程で見られる
・理想化を正常な発達欲求として受け入れる
親が自分の自己愛の道具として特別な子を求めるなどの不適切な養育に加え、先天的な子どもの羨望と攻撃性の強さを重視する葛藤理論。自分の内部にあるアグレッションが強すぎるためにコントロールできないほどの葛藤が生じるのだと考え、解釈を通して直面化を繰り返し、自我の成長を促進する原因共感的な親子関係が築けなかったために心が十分に成長しなかったという後天的な環境要因を重視する欠損理論。この場合の欠損は生まれついてのものではなく、養育過程で生じた後天的な欠損を意味し、共感を用いて育て直し、自己評価調節機能と緊張緩和機能という心理的構造の内在化を目指す
幼年時代の処理できなかった原始的な怒りの感情が、外界へ投影されることで生じる恐怖・憎しみ・怒り・羨望の感情を解釈を通じて繰り返し直面化する。自分の悪い部分などを他者へ投影するなどした時に、本当は患者自身に抱えきれない葛藤があることを教えてゆく。被害妄想的な世界は、実は自分の中にある幼い頃の感情が外界に投影されたものであることを解釈し、洞察を助ける治療理想化転移を引き受ける。共感的に患者の気持ちを汲む(鏡転移)。間違いや失敗をした際には素直に謝るなど、理想化対象である治療者にも至らない点があることに気がつかせる(適量の欲求不満)。患者の欠損を解釈していくなかで、治療者のもつ安定した自己機能を取り込み、自己の欠損を埋める新たな心理構造の構築を援助する(変容性内在化)
誇大的で要求がましい自信過剰タイプ (ギャバードの無関心型に相当)分類自己評価が低く羞恥傾向があり、しばしば心身不全感を訴えるタイプ(ギャバードの過敏型に相当)
オットー・F・カーンバーグ(1996)[77][注 5]、ハインツ・コフート(1994)[78]、ほか[53]
疫学

一般人口における生涯有病率は1%、病院患者においては2%?16%と推定されている[17][79]2009年アメリカの心理学者であるトウェンギとキャンベルにより行われた調査によると、ここ10年で自己愛性パーソナリティ障害の発生率は2倍以上に増加しており、人口の16人に1人が自己愛性パーソナリティ障害を経験していると結論づけられている[80][81]
関連疾患

自己愛性パーソナリティ障害はうつ病摂食障害強迫性障害パニック障害身体醜形障害物質関連障害・他のパーソナリティ障害との併存が見られる。大うつ病性障害のうち約2割が自己愛性パーソナリティ障害に伴う抑うつ症状という報告がある[82]。以下に特に関連の深い疾患を挙げる。
摂食障害

アメリカ精神医学会はDSMにおいて、摂食障害の人はかなりの割合で少なくとも一つのパーソナリティ障害の診断基準を見たし、自己愛性パーソナリティ障害は神経性無食欲症拒食症)と関連が深く[49]神経性大食症過食症)は境界性パーソナリティ障害が最も多く見られると報告している[83]。摂食障害の人々もまた、極度に価値下げされた自己像と、それに対置する理想的で誇大的な自己像が分裂して併存しており、自尊心の障害を抱えている[84][85][86]


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