腕時計
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1969年[16]12月[6]25日にセイコーは世界初の市販クォーツ腕時計「アストロン」を発売した[17]。当時の定価は45万円で当時42万円だった大衆車トヨタ・カローラよりも高価であった[16][6]。振動数の高さは圧倒的で、機械式はおろかブローバの音叉式「アキュトロン」をもはるかにしのぐ日差±0.2秒以内[6]、月差±3秒以内[16]という高精度を実現した。銀電池で1年以上駆動する[6]

ウォッチに限らずクロックなど、あらゆるクォーツ時計に共通のことであるが、水晶発振子の周波数には、単純な2分周の繰返しで1秒を得られるなど扱いやすい32,768 Hz(=215 Hz)がもっぱら使われている。
クォーツショック

クォーツ腕時計は、機械式やそれ以前の各種電池式に比べ圧倒的に誤差が少ないこと、セイコーが特許の公開(英語版)を行ったため各社が製造に参入し急速にコスト削減(英語版)が進んだことから、1970年代に市場を席巻した。なおスイス側から見てスイス国内の時計生産はセイコーにおけるクォーツ時計の量産により瀕死の状態まで追い詰められたため、これを「クォーツショック」と呼んでいる。
デジタル腕時計

数字点滅表示式の、いわゆるデジタル式の腕時計として、最初に市販されたのは1970年、アメリカのハミルトンの「パルサー」であった。しかしパルサーは赤色の発光ダイオード (LED) を表示器に使用しており故障が多く、また時刻合わせは専用の磁石を裏面に近づけて行うなどの特殊な構造のため実用性に問題があり、同種のフォロワーともども数年のうちに市場から消えた。

実用的なデジタル腕時計の実現はその後の液晶表示器 (LCD) の導入以後で、1972年-73年にかけ、グリュエン、セイコーなどからLCD腕時計が出現した(当初からクォーツ式であった)。当初は物珍しさもあり極めて高価な製品だった。しかし、ボタンスイッチの電気接点以外に可動部品が皆無な構造で大量生産に適するため、短期間のうちに低価格化が促進され針式より廉価な設定の商品として普及した。

子供用やノベルティなどの目的で製造される時計はピンレバー式脱進機の安物が主流であったが、液晶式デジタル腕時計はその種のローエンド市場を一新し、改めて開拓する製品に位置付けられた。

その後アラーム機能、ストップウォッチ機能など、腕時計の高機能化と低価格化が同時に進み、かつて高級品であった腕時計は身近なコモディティーとなった。それ以前のような定期的な分解掃除が不要となり、機械式時計を取り扱う技術者(時計師)を擁する日本全国で3万軒時計店が廃業の縁に立たされたという。
機械式の復権、クォーツのコモディティ化と日本メーカーの凋落

1980年代に入ると、精度ではクォーツに劣るものの熟練工によって作り上げられる機械式の腕時計の良さが再評価され始め、スイス製の高級機械式腕時計が徐々に人気を取り戻してきた。

クォーツ時計登場以降、欧州では独自のムーブメント製造を行う機械式時計のメーカーやムーブメント製造を行う専門メーカーの再編と淘汰が進み、部品の製作・加工に自動化設備が導入され、世界的な規模でムーブメントの共有化が進んだ。その結果、スイスのエタがヨーロッパの機械式腕時計業界へのムーブメント供給で大きなシェアを占めるようになった[18]。このため、高級ブランドは大衆ブランドと同型のムーブメントを共用しつつ、ケーシング(精度、仕上、耐久性、デザインなどを決定する最終組立)による差別化に技術とコストを集中できる状況となった。

時計製造を専門としない無名のアッセンブリーメーカーがアジア製の廉価なクォーツムーブメントをやはり廉価なケースに収めて実売1000円 - 3000円程度の格安価格でさまざまなブランドをつけて流通させる事例が、1980年代以降世界的に一般化した。この種の廉価時計は中国や香港などで組み立てられるものが多く、また在来の時計商の卸売ルートでなく雑貨卸売のルートで市場に流通した。

その種の廉価時計は、当初こそケース回りの防水性などの低い製造品質のために、在来の時計店からは電池交換を断られることもあったが、精度自体はクォーツ方式のため必要な水準に達していた。1990年代までにはケースの設計・組立技術も向上し防水面などでも十分な実用性を備えるようになり、世界的に量販価格帯を席巻した。

手軽かつ高機能なクォーツ時計と、復興を始めたスイス製の機械式腕時計に代表される高級な工芸品・嗜好品の機械式時計という位置づけで棲み分けがなされ、廉価なクォーツ式時計が市場にあふれたことで日本製のクォーツ式腕時計の業績は急激に悪化した。完全にコモディティ化した方式の針式や液晶デジタル表示の腕時計に替わる、新たな付加価値を模索する動きが始まったが、機械式では、日本メーカーは自らが生み出したクォーツ技術により、1970年代以降世界的に認められていた機械式時計技術を持つ職人をほとんど失っていた。

こうして、超高級ブランドでは欧州にかなわず、コモディティ製品では価格競争力が無いという現代の日本製品に典型的な構図へ埋没することとなった[19]
新たな腕時計の模索
電波腕時計

1990年ユンハンスが世界初の電波式腕時計『メガ1』を発売した[7]。1993年、シチズンは世界初の多局受信型電波時計を発売した。電波式腕時計は、2000年代に入ってから売れ行きを伸ばしている。

電波時計は、標準電波を受信することにより時刻を自動的に補正する。基本的にはクォーツ方式で時を刻むが、1日に数回、原子時計で管理された標準電波を送信局から受け取り、自動的に正しい時刻に修正するため、電波を受信できる環境にあれば誤差が蓄積せずいつまでも正しい時を刻むことができる。

当初は電池の寿命が短い等の問題があったが省電源機能が発達するとともに、最近はダイヤル面に太陽電池を装備して電池を充電することで電池交換を不要とした電波ソーラーと呼ばれるものが普及している。
衛星電波腕時計「GPSハイブリッド電波ソーラー」腕時計(カシオ)

2011年、シチズンが世界初の人工衛星GPS衛星)を使った衛星電波式腕時計『エコ・ドライブ サテライトウエーブ』を数量限定で発売した[8]。また、2012年にはセイコーがGPS衛星を使った衛星電波式腕時計『アストロン』を発売した[20]

2014年7月にはカシオから、衛星電波または地上標準電波どちらかを受信して時刻修正する世界初[21]の機能『GPSハイブリッド電波ソーラー』を搭載したG-SHOCKが発売[22]され、10月にはフルメタルボディーのOCEANUSにも搭載された[23]


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