脳脊髄液
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通常脊髄の下端はL1?L2高位にあるため、それよりも高位から穿刺すると脊髄損傷のリスクがある。従って穿刺部位は、L4-5、L3-4、あるいはL5-S1が選択されるのが一般的である。腰椎穿刺手技に伴い起こりうる合併症としては、馬尾神経の損傷、感染出血、低髄液圧症等が挙げられる。腰椎穿刺検査の禁忌としては、
頭蓋内に脳腫瘍脳出血などの占拠性病変があり頭蓋内圧が亢進しているとき。この場合、経テントヘルニアや小脳ヘルニアなどの脳ヘルニアを起こして最悪の場合患者が死亡するリスクがある。従って事前に頭部CTMRIで頭蓋内圧亢進の原因となる病態がないかどうかを確認したり、あるいは眼底検査で鬱血乳頭(=頭蓋内圧亢進所見)がないかを確認しておく必要がある。

穿刺部位に感染症がある場合、

出血傾向が強い場合、

穿刺部位に脊髄血管奇形が存在する場合、

等が挙げられる。なお成人は約150mlの髄液を有しているが新生児では30?60ml、小児は平均で90ml、思春期で100mlまでと乳児や小児では成人よりも髄液が少ない。成人では分析のために約10?12mlほどの髄液採取が可能であるが新生児や乳児では3?5mlほどの採取が推奨される。

イヌでは主に後頭下穿刺が用いられる。
頭蓋内圧亢進時の髄液採取

脳圧亢進時では以下のような徴候が現れる。意識レベルの変化、クッシング反射(遅脈、高血圧、呼吸不整)、散瞳、対光反射の消失、片側性または両側性の外転神経麻痺、鬱血乳頭、項部硬直、しゃっくり、嘔吐、除脳硬直などが見られる。細菌性髄膜炎などで髄液採取が必要なときは22Gの針を使い、マニトール1g/kg注射後30?60分以内で髄液採取を3?5ml程度ならば可能という意見もある。腰椎穿刺の最も重大な合併症は鉤ヘルニアおよび小脳ヘルニアである。しかし細菌性髄膜炎だけでも脳ヘルニアの危険率が6?8%ある。その機序は局所的あるいは広汎な大脳浮腫であるが水頭症、硬膜静脈洞、あるいは皮質静脈血栓も脳ヘルニアの原因となる。多くの論争があったが細菌性髄膜炎時の腰椎穿刺の脳ヘルニアで腰椎穿刺がどの程度脳ヘルニアに関与したかははっきりしない。

昏睡、局所神経徴候、乳頭浮腫、散大し反応不良な瞳孔、後頭蓋窩の占拠性病変の徴候(脳神経障害、小脳症状、失調性歩行)があれば脳ヘルニアのリスクを評価するために頭部CTを撮影したほうがよい。
髄液検査の正常値

検査項目正常値
外観無色透明
圧70?180 mmH2O
細胞数5/mm3以下(全て単核球)
蛋白15?45 mg/dl
糖50?80 mg/dl(髄液糖/血糖=0.6?0.8)
IgG0.8?5.0 mg/dl
IgG index0.7以下
albumin leakage(AL)75 mg/d以下
Cl118?130 mEq/l

IgG indexは(IgG髄液×アルブミン血清)/(IgG血液×アルブミン髄液)で計算される。
各種疾患における髄液所見

液圧外観線維素析出細胞数主な細胞蛋白質糖塩素トリプトファン反応
基準値70?180 mmH2O無色透明なし5/mm3以下単核球15?45 mg/dl50?80 mg/dl118?130 mEq/lなし
ウイルス性髄膜炎↑無色透明なし↑?↑↑単核球↑±±なし
結核性髄膜炎↑↑無色透明、日光微塵+(くも膜様)↑↑↑(200?500)単核球↑↑↓↓↓↓++
細菌性髄膜炎↑↑↑膜様混濁+++(膜様塊)↑↑↑(1000以上)多形核球↑↑↓↓↓↓++
日本脳炎↑無色透明に微塵黄染+↑初期は多形核、後期はリンパ球↑±?↑±?
多発根神経炎↑無色透明+0?↑単核球↑↑↑±±?
くも膜下出血↑↑↑初期血性、後期黄染+++↑単核球↑↑↑↓?+
脳膿瘍↑↑透明黄染?↑単核球、異型細胞±?↑±?↓±?
脊柱管腔閉塞↓透明黄染++++(膠様凝固)↑?↑↑↑単核球↑↑↑±±?↓?
脳脊髄梅毒↑無色透明?↑単核球↑±±?
多発性硬化症±無色透明?0?↑単核球±?↑±±?
神経ベーチェット病?無色透明?10?200多形核↑±±?

髄液圧

腰椎穿刺をして最初にわかるのは脳脊髄液の圧である。これは穿刺するときの針にあらかじめつないでおいた脳圧モニターが測定する。患者の姿勢によって穿刺部の圧は変わる。患者が上体を起こして座った姿勢だと、頭蓋内と脊柱管に入った脳脊髄液の重みが穿刺部にかかり、測定される圧は高くなる。普通は患者を横向きに寝かせ、腸骨稜と腰椎の棘突起が見分けやすいように背中を軽く曲げさせた状態で穿刺する。圧が上がっていれば上に述べたような疾患を疑う。液が勢いよく流れ出るなど、圧が高そうなときは脳ヘルニアの恐れがあるので、モニターの表示を待たず素早く液を止めて針を抜く。圧が低ければ脱水や髄液漏を疑う。検査中に患者がなどをして姿勢が変わると、圧が変わることがある。
クエッケンシュテット試験 (Queckenstedt test)

圧に関する検査としてクエッケンシュテット試験がある。これは頭蓋内の静脈クモ膜下腔、それに脊柱管内のクモ膜下腔が正常に交通しているかどうかをみる試験である。脳脊髄液の圧をモニターしながら両側の頚静脈を静脈圧よりも強く圧迫すると、正常なら10秒以内に圧が100 mmH2O以上上がる。そして圧迫をやめたときにはすぐ元に戻る。この現象は、頚静脈の圧迫によって頭蓋内の静脈が怒張するので、頭蓋内圧が上がるのにしたがって腰椎部での脳脊髄液圧も上がるというものである。頭蓋内の静脈や脊柱管の途中に閉塞があると、こうした一連の流れが妨げられるので、圧迫しても圧があまり上がらなかったり、圧迫をやめてもなかなか戻らなかったりする。この異常をクエッケンシュテット現象陽性と呼ぶ。特に静脈の閉塞があるとき、異常がある側の頚静脈を圧迫しても脳脊髄液圧は上がらない(圧迫よりも頭蓋寄りの静脈に変化が起きないため)が、正常な側の頚静脈を圧迫すると圧が上がる。これをTobey-Ayer徴候と呼ぶ。クエッケンシュテット試験は脳圧を意図的に上げる試験なので、脳脊髄液圧がはじめから高いときは脳圧亢進症状を増悪させる危険が大きく、してはいけない。
肉眼的性状

脳脊髄液の肉眼観察からも多くのことがわかる。正常では水様透明である。脳出血クモ膜下出血では血液が混ざる。黄色調(キサントクロミア;脳脊髄液が黄色っぽいこと)は高度のタンパク質増加を示す。目安としては髄液蛋白が150mg/dl以上に増加したときに認められる。ただし黄色調に見えるのは黄疸の時やくも膜下出血後(約4週間)にも認められる。髄膜炎により多数の白血球が混入していれば濁って見える。結核性髄膜炎ではフィブリンが析出することがある。
混濁

白血球が200/μl以上で日光微塵(光にかざしてスピッツを軽くふると肉眼的に細胞が微細な粒子として観察される)、500/μl以上で明らかな混濁となる。白濁した膿状の髄液の場合には重症細菌性髄膜炎または硬膜外腔の膿を穿刺した可能性がある。
血性

穿刺手技による外傷性髄液の場合は徐々に血性が薄れる。薄れずに持続的に血性髄液が流出する場合にはくも膜下出血や脳出血の脳室穿破、脊髄栄養血管からの出血などが原因である。
キサントクロミー

定義上は髄液の入った透明なスピッツをガーゼなど白いものに透かして見てわずかな着色があればキサントクロミーと判定する。原因は150mg/dLの蛋白増加、くも膜下出血黄疸である。外傷性髄液との鑑別は髄液を800rpmで5分程度遠心し上清が透明ならば外傷性髄液、黄色ならばキサントクロミーの可能性が高い。
細胞

血液検査での血算に相当する顕微鏡検査では、細胞の混入を見る。生後8週以後の正常な状態では、脳脊髄液に血液が流れ込むことはないので、細胞数は1μ?あたり5個以下と、血液に比べて明らかに少ない(血液は1 μℓあたり500万個の赤血球を含む)。これより多くの細胞が脳脊髄液に含まれていた場合、細胞の種類に応じて炎症、出血、腫瘍などが疑われる。通常は単核球(リンパ球と単球)のみで0?5/μlとなり感染がなければ多核球は存在しない。しかし白血球数が5以下ならば1個の多核球はあっても正常として良い。

また全身痙攣24時間後の髄液ではしばしば髄液細胞数は増加しており最大で80/μlまで増加することがあるという報告もある。
好酸球性髄膜炎

髄液中に好酸球が増多する場合がある。感染性の場合は広東住血線虫有棘顎口虫、ベイリス犬回虫症、糞虫症、クリプトコッカス症、コクシジオイデス症(Coccidioides immitis髄膜炎)で認められる。非感染性の場合は特発性好酸球性症候群、脳室腹腔シャント、ホジキン病、NSAIDSや抗菌薬、サルコイドーシスなどでも認められる。好酸球性髄膜炎を起こす3つの寄生虫として広東住血線虫、有棘顎口虫、ベイリス犬回虫症がよく知られ、広東住血線虫が好酸球性髄膜炎で最も基本的な病因とされている。エスカルゴとして供されるアフリカの陸棲カタツムリが感染源になりえる。
生化学

生化学的検査では蛋白質グルコース塩化物イオン(クロール)などがみられる。総蛋白質は正常で15?45 mg/dℓであり、その4.5%がプレアルブミン、52%がアルブミン、それ以外がグロブリンでγグロブリン分画は11%である。蛋白質増加は炎症や外傷などを疑う。ブドウ糖は血糖の1/2?2/3程度が正常で、少ないと髄膜炎を疑う。クロールは120?130 mEqが正常で、タンパク質が増えるとクロールが減る(ポジティブコントロールとしての意義がある)。結核性髄膜炎では、アデノシンデアミナーゼ(ADA)活性が上昇する。

化膿性髄液におけるグルコース量の減少は一部は貪食過程における多核白血球の解糖系の亢進と考えられている。髄液糖は40mg/dl以下で異常であるが、しばしば高血糖によって髄液糖の減少は隠されてしまう。そのため髄液糖/血液糖比を測定する。髄液糖/血液糖比は0.6以下が異常値である。髄液糖/血液糖比が低下する病態の代表は細菌性髄膜炎である。しかしそれ以外に単純ヘルペス髄膜脳炎、リンパ球性脈絡髄膜炎、ムンプス髄膜炎、結核性髄膜炎真菌性髄膜炎、癌性髄膜炎、サルコイドーシス、低血糖でおこりえる。髄液糖/血液糖比が0.4以下は細菌性髄膜炎を強く疑う。この値は2ヶ月以後の小児の細菌性髄膜炎では感度80%であり特異度98%である。視神経脊髄炎で髄液糖が低下し、髄液細胞数が増加したため細菌性髄膜炎と鑑別が必要となった報告がある[4][5]血液脳関門の破綻による糖輸送障害や髄液細胞数の増加による髄液糖の消費亢進によって髄液糖低下が起こると考えられている。
髄液蛋白が増加する疾患

各種感染、炎症性疾患、脳血管障害、脊髄くも膜下腔閉塞、脱髄疾患、脳腫瘍、末梢神経障害、外傷、代謝性疾患などで増加が認められる。末梢神経障害ではギラン・バレ症候群、フィッシャー症候群、Refsum症候群、Dejerine-Sottas病、糖尿病性多発神経炎、アミロイドニューロパチー、アルコール性多発神経炎、悪性腫瘍に伴う多発神経炎などがあげられる。代謝性疾患では甲状腺機能低下症副甲状腺機能低下症、尿毒症、肝性脳症などが知られている。そのほか、高血圧性脳症、Kearns-Shy症候群、神経ベーチェット病、サルコイドーシスなどでも増加する。
髄液蛋白が低下する疾患

良性頭蓋内圧亢進症、甲状腺機能亢進症、急性水中毒、髄液大量摂取後などがあげられる。また2歳以下の小児では低値傾向となる。


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