能楽
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狂言の舞踏も能と共有する技術が多く舞うというにふさわしいが、日常を描くことの多い狂言では当然日常的な所作や具体性を帯びた演技も多く、身体を上下に動かす所作もあり踊りに近い発想も見られる。狂言の舞と型の一例を演出用語として分類し下記する。
上げ足(あげあし)
足を膝を高く上げ、一歩一歩踏みしめるようにする歩き方。鬼や山伏の歩きかたを表現する。
安座(あんざ)
あぐらをかくこと。
一巡(いちじゅん)
舞台を三角にひとまわりすること。道行く動作。
浮く(うく)
浮かれるようにする型。左右の足を交互に上下させながら上半身をやわらかにゆるがす。
三段之舞(さんだんのまい)
脇狂言や聟狂言などに用いられる舞の名称。
シャギリ(しゃぎり)
笛だけで演奏する曲で、車切・砂切の字をあてる。
連舞(つれまい)
二人以上の演者が同じ舞を舞うこと。
水鏡(みずかがみ)
水面に自分の姿を映すときの型。
三つ拍子(みつびょうし)
踏み込むように三つ踏む狂言特有の足拍子。

能における声楽部分である謡を謡曲と言い、大別するとシテ、ワキ、ツレなど劇中の登場人物と、「地謡(じうたい)」と呼ばれる8名(が標準だが、2名以上10名程度まで)のバックコーラスの人々である。劇中の登場人物の謡はそのまま登場人物の科白となる。一方、地謡は登場人物の心理描写や情景描写を担当しているが、場合によってはシテの感情を代弁してうたうこともあり、シテ・ワキ・ツレ・地謡が掛け合いをするケースもある。

地謡は地謡座で前後二列になり、舞台を向いて座る。各々扇を持っており、謡う際にはそれを構え、休みの際には下ろす。地謡は地頭(じがしら)と呼ばれる存在がコンサートマスターのような役割を果たしており、以前は一番左前に座していたが、全体を統率するために後列中央に位置するようになった。

能と違って、科白劇である狂言ではいつでも地謡や囃子方が登場するわけではない。必要な演目の必要な部分にだけ出演するという形を取る。また舞台後方に4人程度が並ぶことが多い。翁のときだけは囃子方の後方に座る。

新作能を除くと謡に用いられている言葉は室町期の日本語である。謡は節回しのある部分(フシ)と節回しのない部分(コトバ)とに分けることができる。節のある部分には拍子合と拍子不合がある。コトバは通常の科白、対話に相当し、候文体で語られ、役を演じる者(シテ、ワキ、ツレ)だけが発声する。コトバであっても、現代人の感覚からすればかなり大げさな抑揚がついており、しかもその抑揚が型として固定している点である。能におけるすべての言語表現には、いかにこれを発話・歌唱すべきかという楽譜(謡本)があらかじめ用意されているが、細かい点は師伝により習得される。地謡はかならず節のある謡をうたう。また役を演じる者同士の対話であっても、ある点までコトバのやりとりであったものが、役柄の感情の高潮によって途中から節のついた謡へと切替わることが少なくない。

謡とは、八世観世銕之亟によれば「七五調を基本にした長い詩」である[6]。七五調で書かれた12文字を一行として、八拍子でうたわれる。ただし八拍子から外れたリズムで謡われる部分もある。「拍子合」(ひょうしあい)では、拍子に当たる文字と拍子に当たらない拍子の間の文字が交互にくるために、八拍子には16文字が入るわけであるが、標準的な七五調で2拍3文字+1字分の「モチ」(または「ノベ」)と呼ばれる伸ばした間で謡うのを「平ノリ」(ひらのり)、1拍2文字で文字が続いて(モチが減って)強弱のノリがつく部分を「中ノリ(修羅ノリ)」、1拍1文字で謡うのを「大ノリ」と呼ぶ。八拍子から外れているリズムの謡は「拍子不合」(ひょうしあわず)と呼ばれる[7]。拍子不合の謡では、節回しを大きくたっぷり謡い、節の無いところはすらすら謡う。また拍子不合であっても、謡と囃子は全く無関係ではなく、おおよその寸法や位、雰囲気などにおいて絶妙な関係を保っている。

後述する「能の略式演奏」では、囃子方を伴わずに謡う場合も多く、そのときは拍子を意識しないでかなり自由に謡える。これを「素謡」といい、囃子にあわせて謡う「囃子謡(拍子謡)」と区別している。素謡では、いわゆる「モチ」を省いたり、拍子不合の謡のように節回しをやや大きく謡うことが行われている。仕舞謡では、足拍子のある部分を拍子謡で謡う以外は素謡として謡う。しかし囃子謡であっても、拍子の縛りの中でもなるべく節を大きく謡い、「モチ」はなるべく目立たないように謡うのが上手い謡い方とされている。また囃子の手の名称から、厳密にモチをつけて謡う「ツヅケ謡」と、モチを謡わなくても囃子が合わせられる「三地謡(みつじうたい)」に区別されている。

能の発声法は、もちろん演者により様々な個性があるが、分厚い声を出すことや子音を長く謡おうとするところに特徴がある。「上の声と下の声を同時に出す」といわれ、音階は上の声で表現するが、下の声で声の厚みや迫力、安定感を表現する。謡は場面によって「弱吟」(よわぎん)と「強吟」(つよぎん)の2種類に分かれている。同じく八世観世銕之亟によると、「弱吟」は細かい音階をもつメロディアスな表現、「強吟」は音の迫力を強調した表現とされる。「弱吟」と言っても弱く謡うわけでない。室町時代の能は弱吟のみで演奏されていたが、江戸時代になって音階が簡素化され、強吟の謡い方が考え出された。弱吟では、上音・中音・下音という基本音、上音の上にクリ音、甲グリ音(かんぐりおん)、下音の下に呂音があり、上音・中音にはウキ(浮き)音、中音・下音には崩し(くずし)音、このように様々な音階とそれを組み合わせた節がある。強吟では上音・中音と中音の崩(下の中音)・下音とが同音階になって、ウキ音が無くなるなど簡略化されているが、独特のはねあげるような節がある。
囃子囃子方

上手(向かって右より)から、笛、小鼓、大鼓、太鼓。

能楽囃子に用いられる楽器は、能管)、小鼓(こつづみ)、大鼓(おおつづみ、おおかわ、大皮とも称する)、太鼓(たいこ、締太鼓)の4種である。これを「四拍子」(しびょうし)という。雛祭りで飾られる五人囃子は、雅楽の場合もあるが、能の場合の5人は、能舞台を見るときと同じで、左から「太鼓」「大鼓」「小鼓」「笛」「謡(扇を持っている)」である。小鼓、大鼓、太鼓はこれを演奏する場合には掛け声をかけながら打つ。掛け声もまた重要な音楽的要素であり品位や気合の表現で、流派によってもいろいろであるが、「ヤ声」(ヨーと聞こえる)は主に第1拍と第5拍を示すために使われ、それ以外の拍は「ハ声」(ホーと聞こえる)を用いる。「イヤ」は段落を取るときと掛け声を強調するときに奇数拍で使われ、「ヨイ」は段落を取る直前の合図と掛け声を強調するときに主として第3拍で使われる。

一曲のうちには、「謡のみによって構成される場面」「謡と囃子がともに奏される場面」「囃子のみが奏される場面(登場人物が出てくるときの登場楽や、上記の「舞」や「働」である)」の3つが複雑に入り組んでいる。概していえば囃子が謡とともに奏される場合には謡の伴奏的な役割をはたす。また現在では能が始まる合図として、橋がかりの奥にある「鏡の間」で囃子方が音出しを行う「お調べ」が用いられている。

狂言では囃子は常に登場するわけではなく、狂言アシライという言葉もあるように音量的に柔らかく控え目に囃し、舞台の邪魔にならないような心配りもある。
笛(能管)
能管は、竹製の横笛で、歌口(息を吹きこむ穴)と指穴(7つ)を持ち、表面を桜樺・で覆っている。同じ指押さえで吹き方を変える事により、低めの「呂の音」と、高めの「甲(かん)の音」を出す事が出来る。歌口と指穴の間の管の内にノドと呼ばれる細竹を嵌めこんであり、これによって龍笛篠笛など他の横笛とは異色の、能楽独特の高音(「ヒシギ」)を容易に発することができる。またこのノドの存在により、能管は安定した調律を持たない。これもまた能管の大きな特徴となっている。能管は「四拍子」のなかでは唯一の旋律楽器であるが、基本としては打楽器的な奏法を主としている。つまり拍子にあったところで節やアクセントをつける吹き方をする。囃子のみによる舞(序之舞、中之舞など)の演奏の場合には拍子にあった旋律を吹くが、謡にあわせるときや登場楽の多くには拍子に合わないメロディーを吹く。これを謡につきあうという意味で「アシライ」という。
小鼓(こつづみ)
小鼓は、製の砂時計型の胴に、表裏2枚の革(革を製の輪に張ってある)を置き、紐(「調緒(しらべお)」という)で締めあげた楽器である。左手で調緒を持ち、右肩にかついで右手で打ち、調緒のしぼり方、革を打つ位置、打ち方の強弱によって音階を出すことが出来るが、能では4種類の音(チ、タ、プ、ポ、という名前がつけられている)を打ちわける。演奏にはつねに適度な湿気が必要で、革に息をかけたり、裏革に張ってある調子紙(和紙の小片)をでぬらしたりして調節する。「翁」を演じるときには3名の連調となる。
大鼓(おおつづみ)
大鼓は、小鼓と区別するために大皮(おおかわ)とも呼ばれるが、材質、構造はほぼ小鼓に等しく、全体的にひとまわり大きい。左手で持って左膝に置き、右手を横に差し出して強く打ちこむ。小鼓と違い左手で調緒の調節をしないために、音色の種類は、右手の打ち方によって分けている。右腕を大きく上げて強く打つ音(チョン)、弱く打つ音(ツ)、抑える打ち方(ドン)。チョンとツの中間に「チン」がある流派もある。型ぶりに反して全体に小鼓より高く澄んだ音を出す[注 3]。湿気を極度に嫌うので、革は演奏の前に炭火にかざして乾燥させる必要がある。太く長い調緒を使って張りつめた皮を素手で打つのは大変痛い(元来は素手で打つべきとの主張もある)ので、中指や薬指に「指皮」をはめ、掌(てのひら)に「当て皮」をつける。[8]。大鼓の流儀は小鼓のそれから派生したもので、同流の小鼓が打ちやすいように手(譜)が考慮されている
太鼓
太鼓は、いわゆる締太鼓のことで、構造は基本的に鼓とかわらない。革は革で、の当たる部分に補強用の鹿革を貼ることが多い。撥は2本で、太鼓を台に載せて床に置き(この台を又右衛門台という)、正座した体の前で打つ。音は響かせない小さな音(押さえる撥・ツクツク)と響かせる大きな音(小の撥、中の撥、大の撥、肩の撥・テンテン)の2種で、四拍子のリズムを主導する役割を担う。太鼓が入るのは基本的に死者の霊や鬼畜の登場する怪異的な内容の曲のみで、そのほかの場合には笛と大小の鼓のみで演じる(この場合には大鼓がリズムの主導役を担う)。前者を「太鼓物(太鼓入りもの、四拍子もの)」、後者を「大小物」と呼んで区別する。以上のほかに、舞台上でシテが鉦鼓(しょうこ)を鳴らす場合もある(『隅田川』『三井寺』)。多くは鐘の音や念仏の鉦鼓の音を表現するためだが、この場合もやみくもに打つのではなく、決まった譜がある。また新作能においては、これら囃子方以外の音楽家が背景音楽の演奏に加わることもある(「伽羅沙」でのキリスト教の賛美歌やパイプオルガンなど)[9]
女面と猩々江戸時代(19世紀)

能面は「のうめん」と読むが、面とだけ書けば「おもて」と読むのが普通。様々な種類がある。超自然的なものを題材とした能では面をつけることが多いが、面をつけない直面物もある。狂言では、登場する人物は現世の人間であり通常は面はつけず仮面劇とは言えないが、人間以外のものを演ずる場合などでは面をつける。
装束

今日では装束も様式化され、使用法が厳格に定められている。例えば色においても、白は高貴なもの、紅は若い女性を示す。また中世や近世から能楽師の家に伝わる装束も多い。なお、能の装束が現在のように絹の色糸をふんだんに使った豪華なものとなったのは江戸期である。その背景には、江戸期における織物技術の発達、将軍家をはじめとする為政者の潤沢な資金の流入がある[10]。一方狂言の装束は麻が中心である。
作リ物、小道具

舞台に乗せる道具類で、予め作って保管しておくものを「小道具」、演能の度に作る物を「作リ物」と呼ぶ。作リ物は比較的大きな物が多く、舟、車、塚、屋台等を表す。作リ物は極端なまでに簡略化され、例えば「舟」は竹ヒゴ製模型飛行機の主翼を大きくしたようなものに過ぎないが、能楽にはこれで十分である。大きな作リ物としては、『道成寺』の鐘がある。これは中でシテが装束を替えられるだけの大きさがある。かつてはこれら作リ物類を製作する「作物師」という専門の役割があったが、現在はシテ方の担当になっている。


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