羽海野チカ
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東京都立工芸高等学校[2]デザイン科[3]卒業。女性
略歴

小学生の頃からキャラクターデザイナーや漫画家になる夢を抱いており[4]、工芸高校在学時、「ぶ?け」に一度だけ投稿作品が掲載。[5]卒業後に株式会社サンリオへ就職[6]、勤務外に同人誌活動をはじめる[5]。3年後に同社を退職、フリー[6]で、イラストやグッズのカットを手掛ける。

漫画家への夢をあきらめず、同人誌活動は継続し[5]コミックマーケット参加時代には同人誌を発行。サークルを1人で回し、見かねた読者が度々手伝うこともあった。

ペンネームは自身の読み切り作品、「海の近くの遊園地」からとったものである[4]

宝島社『CUTiE Comic』へのカット絵の仕事を依頼された際、ネームを見せたことから『ハチミツとクローバー』でデビュー、初連載となった[6]。しかし『CUTiE Comic』休刊が決定したことで、連載は終了。それでもこの作品を描き続けたいと、自ら出版社へ持ち込み、『YOUNG YOU』で再連載が決定[7]。(後に『コーラス』へ移籍。)

『ハチミツとクローバー』は2005年アニメ化、2006年に実写映画化、2008年にはTVドラマ化されてヒットし、自身の代表作となる。同作で2003年に第27回講談社漫画賞少女部門を受賞。

2007年3月のライオン』を連載開始。2010年、第1回ブクログ大賞マンガ部門、2011年にはマンガ大賞と第35回講談社漫画賞一般部門、2014年に第18回手塚治虫文化賞マンガ大賞を受賞。2021年に第24回メディア芸術祭賞 マンガ部門大賞を受賞[8]

2013年に手術・療養のため入院し、一時休載した[9]
人物



敬愛する漫画家は「
くらもちふさこ」「萩尾望都[10]。萩尾望都の作品から技法を学びとり独習した。『ハチミツとクローバー』はぐちゃんは、萩尾望都『ポーの一族』シリーズ短編第2作『ポーの村』に登場したメリーベルをイメージして、おでこを出した長い巻き毛の少女にしたという[5]

イノセンスを待ちながら』では『機動警察パトレイバー 2 the Movie』や『GHOST IN THE SHELL / 攻殻機動隊』など押井守アニメへの思い入れを描き、後に押井守の弟子である神山健治のオリジナルアニメ『東のエデン』『Xi AVANT』キャラクター(原案)を手がけた。

デビュー第2作目の『3月のライオン』は編集者の、次回作は将棋ボクシング漫画をとの提案がきっかけ。羽海野本人は将棋は全く知らないため、対局シーンは監修者の協力を得て描かれている。『ハチミツとクローバー』後、一発屋との風評に手堅い作品をと、前作7巻目から準備を始めた。物語の舞台は実在の場所に設定することを決め、萩尾望都『海のアリア』に倣い、当初は鎌倉を検討したが取材のしやすさ、橋が多くあり、川で画面が広くなり絵になる場所という理由により、都内の月島に変更[5]

2010年12月8日に公式ブログで、「東京都青少年健全育成条例改正案」の表現への規制に、反対を表明している[11]

『ハチミツとクローバー』のあとがきにもあるように、『ハリー・ポッター』と宮崎アニメが好きで、自らをオタクと称する。

2007年、スコティッシュフォールドをペットショップにて購入し「ブン」と名付け、3月のライオン2巻以降著者近影に使用。この「ブン」とは2019年11月に死別している。ブンとの出会いとお迎え、ブンとマフィア梶田の対立と和解、その晩年が、「GOHOマフィア!梶田くん」にてマフィア梶田の証言を交えながら描かれている。「GOHOマフィア!梶田くん」にはクマのようなキャラクターで登場している他、1巻の表紙とおまけ漫画寄稿・先のブンの一生と、本作には深く関わっている。

2020年4月、かつて愛読していたブログの管理人である忽那賢志感染症医とのツイッター上での「再会」を期に、新型コロナウイルス感染症啓発ポスターを作成した[12]

イラストはアナログで描いていたが、2021年にゲーム『Fate/Grand Order』にイラストを寄稿するのに合わせ、デジタル作画環境を用意している。

作品リスト
連載作品
ハチミツとクローバー[13]


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