羽仁進
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また、1968年寺山修司脚本を得た『初恋・地獄編』(主演:石井くに子、高橋章夫)も類似の手法でATGから配給された。1970年代半ば以降は、再びドキュメンタリーに戻った。

その後、アフリカオーストラリアなどに海外ロケを30年近く続け、野生動物を撮りつづけた。その集大成として『動物に学ぶ?生きる』制作した他、反核ドキュメンタリーも制作した。

独自の教育論で、各地での講演活動や執筆活動を行っている。

元妻は女優の左幸子1959年に結婚、1977年に離婚した。離婚の原因は、羽仁が左幸子の実妹の額村喜美子と浮気したことである。喜美子は女優として多忙な幸子に代わり、娘の未央が生まれた頃からベビーシッターとして羽仁家に出入りし家事もこなしながら、羽仁のマネージャーを務めていた。羽仁のアフリカ長期撮影旅行に同行する中での出来事であった。羽仁は離婚4か月後に喜美子と再婚した。同じく左幸子の実妹で女優の左時枝と混同されることがあるが、喜美子は四女、時枝は五女であり、別人である。女優、タレント、エッセイストの羽仁未央1964年 - 2014年)は、左幸子との間の一人娘。

祖父母の時代から長野県軽井沢町別荘があり、「軽井沢自然景観会議」の会長を務め、軽井沢の自然・景観保全に尽力している。
作品充たされた生活』(1962年)彼女と彼』(1963年)

生活と水(1952年、岩波映画

教室の子供たち(1955年、岩波映画)

絵を描く子どもたち(1956年、岩波映画)

不良少年(1961年、岩波映画)

充たされた生活(1962年、松竹)

彼女と彼(1963年、左幸子主演、ATG、岩波映画)

手をつなぐ子ら(1964年、昭和映画)

ブワナ・トシの歌(1965年、東京映画=昭和映画)

アンデスの花嫁(1966年)

初恋・地獄篇(1968年、羽仁プロ=ATG

愛奴(1969年、羽仁プロ=松竹)

恋の大冒険(1970年、オールスタッフ・プロ=テアトル・プロ)

妖精の詩(1971年、羽仁プロ)

午前中の時間割り(1972年、羽仁プロ=ATG

動物家族(1974-75)※テレビ番組 

アフリカ物語(1980年、サンリオ・フィルム)

予言(1982年、子供たちに世界に被曝の記録を送る会映画製作委員会)

歴史=核狂乱の時代 (1983年、被爆の記録を送る会)

テレビ出演

異議あり!「期待される若者像 期待される人間像」 司会:
岡本愛彦 共演:高坂正顕、内藤善三郎、坂西志保無着成恭寺山修司(1966年12月31日東京12チャンネル

世界・ふしぎ発見!TBS

どうぶつ奇想天外!(TBS)

ETV特集Eテレ

主な受賞歴

1956年 
キネマ旬報短編映画ベストテン1位

1961年 キネマ旬報作品賞・監督賞、マンハイム国際映画祭金賞

1964年 ベルリン国際映画祭特別賞

1965年 モスクワ国際映画祭監督賞

1969年 オーストラリア映画祭南十字星賞

著書

『演技しない主役たち 記録映画作者の眼から』
中央公論社 1958

『カメラとマイク 現代芸術の方法』中央公論社 1960

『未来っ子誕生 そのビジョンとプラン』講談社 (ミリオン・ブックス) 1963

『アメリカ困難旅行 カメラをかついでサバンナを行く』講談社 (ハウ・ツウ・ブックス) 1965

『青春を生きる 孤独・愛・友情』大和書房 (銀河選書) 1967 のち講談社文庫

『やまたのおろち』ものがたり絵本 赤羽末吉岩崎書店 1967

『子どもとマスコミ 映像文化の正しい受けとりかた』(家庭文庫 評論社 1969


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