緑膿菌
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緑膿菌は、色素やムコイド、外毒素など、本菌特有の多種類の物質を産生する。これらの物質は緑膿菌の菌体外に分泌され、その生育環境に影響を与えることで緑膿菌の生育を助ける役割を果たすだけでなく、宿主細胞に作用することでその病原性とも密接に関連している。

これら緑膿菌の物質産生の多くは、その生育環境での菌数を感知する、クオラムセンシングと呼ばれる機構で制御されている。緑膿菌は、N-アシル-L-ホモセリンラクトン (AHL) と呼ばれる、菌体の内外を自由に行き来することが可能な低分子物質(オートインデューサー)を産生しており、環境中での生育密度が上がると、この物質の濃度も上昇する。この物質は、緑膿菌のさまざまな遺伝子に対して転写因子として働き、さまざまな物質産生を誘導する。AHL自身もまたAHLによってその産生が誘導されるため、この機構は正のフィードバックによる制御を受けている。これらの機構を巨視的に見ると、緑膿菌が自らの生育密度を感知して、その上昇に伴って、さまざまな物質産生を行うことになる。クオラムセンシングは、緑膿菌同士が細胞間で行う1種の情報伝達機構と考えることができる。
色素産生

緑膿菌は複数の
色素を産生する性質を持つ。非蛍光緑色色素であるピオシアニン、蛍光性の黄緑色のピオベルジン(フルオレシン)とフルオレセイン[1]、赤色のピオルビン、黒褐色のピオメラニンなど、少なくとも5種類の色素を産生する(中には一部の色素を産生しない変異株も存在する)。このうち、ピオシアニンとピオベルジンの二つは特に研究が進んでいる。
緑膿菌によるピオシアニン(非蛍光緑色色素)の産生。
左は緑膿菌を培養した培地。偏性好気性菌であるため培地の表面近くだけに増殖して(バイオフィルムの形成、白い部分)、そこから培地下方に向けて産生したピオシアニンが拡散している。右は緑膿菌培養前の培地。緑膿菌によるピオベルジン(黄緑色の蛍光色素)の産生。
紫外線下で観察すると培地の表面に増殖した緑膿菌から培地下方に向けて、産生されたピオベルジン(紫外線下のため青白く見える)が拡散しているのがわかる。

ピオシアニンはクロロホルムに可溶性の緑色色素である。ピオシアニンを産生するのは緑膿菌しかいないため、この性質を利用した「ピオシアニン検出用シュードモナス寒天培地」という寒天培地も販売されており[2]、緑膿菌の鑑別同定や研究等に用いられている[3]。 菌体外に分泌され、緑膿菌を培養した培地や、感染した傷口などを緑色に着色する。緑膿菌の発見のきっかけになった包帯の緑変や、学名および和名は、このピオシアニンによる緑色に由来する。またピオシアニンという名称自体、を意味する接頭語 pyo-と、シアン(藍緑色)を表すcyanに由来しており、1900年前後に緑膿菌の学名として付けられたシノニム(同種異名)であるBacillus pyocyaneousなどの種小名にちなんでいる。ピオシアニンは、哺乳動物細胞のミトコンドリアによる呼吸機能や気道粘膜繊毛運動を阻害する毒性を持っており、緑膿菌の病原性の一端を担っている。

ピオベルジンは、フルオレシン(fluorescin)とも呼ばれる。またピオベルジンは加熱によって可視光下の色が赤?橙色に変化する性質を持ち、古くなった米飯を加熱すると黄色くなる場合(「赤めし」と呼ばれる現象)、米飯に混入した緑膿菌が産生したピオベルジンの加熱変色が、その原因の一つだと言われる。ピオベルジンは分子内にジヒドロキシキノリン構造を持ち、イオンと強く結合する。鉄イオン濃度の低い環境でよく産生される。菌体から周囲に分泌されたピオベルジンは、増殖に必要な鉄イオンを保持し、それを菌体に効率よく供給するという、シデロフォアとしての役割を担っていると考えられている。

ムコイドとバイオフィルム

緑膿菌の一部には、ムコイドと呼ばれる粘質物を産生して、菌体外に分泌するものがある。これらをムコイド型緑膿菌と呼び、これに対してムコイドを作らないものを非ムコイド型緑膿菌と呼ぶ。ムコイドの主成分は、アルギン酸とよばれる粘性の高いムコ多糖である。ムコイド型緑膿菌が増殖した場所では、分泌されたムコイドが菌体を覆い包んで、薄層(フィルム)を形成する。このような微生物が形成する薄層状のものをバイオフィルムと呼び、緑膿菌はこのバイオフィルムを生活の場として、その内部で効率よく増殖、生存している。

バイオフィルムは物質表面に対して強く付着しているため、その中で生存している菌は、むきだしの状態に比べると、洗い流したり剥がしたりするなどの機械的な除去に対して強くなる。またバイオフィルムの内部には消毒薬などの薬剤が浸透しにくいため、化学的な刺激に対しても抵抗性が増す。また他の微生物による捕食や白血球などによる貪食などの、生物的な排除からも逃れやすくなる。さらに緑膿菌から分泌されるAHLなどの物質も拡散しにくく、その局所的な濃度が上がりやすくなるため、クオラムセンシングなどの分泌制御機構も働きやすくなる。これらによって、バイオフィルムは緑膿菌の生育を助ける重要な役割を担っている。

一方、医学的な観点からは、ムコイドやバイオフィルムの産生が病原性や感染リスクの増加につながるため、問題視されることが多い。感染患者から分離される病原性緑膿菌のほとんどはムコイド型であり、感染した粘膜表面などでバイオフィルムを形成する。このことによって、白血球による貪食や抗体補体など、宿主の免疫機構による排除から逃れやすくなり、さらに抗生物質の浸透性低下によって治療も困難になる。また、医療用カテーテルの内側などで緑膿菌がバイオフィルムを形成して増殖することで院内感染を起こすケースなども報告されており、感染リスクの増加も問題視されている。緑膿菌(ムコイド型)の走査型電子顕微鏡写真。
菌体の表面に分泌されたムコイドが付着し、さらに一部の菌(右部)はそれに埋もれて菌全体の形が判別しにくくなっている。
嚢胞性線維症患者体内でのバイオフィルム形成

緑膿菌によるバイオフィルムの形成は、遺伝性疾患である嚢胞性線維症(CF)患者に対する緑膿菌感染の原因となる。このバイオフィルムは気道内の粘液に形成され、緑膿菌の生息場所となる。それに加え、CF病患者のバイオフィルムに生息する緑膿菌は(歴史的に、全てのシュードモナス属菌は偏性好気性生物に分類されていたにもかかわらず)嫌気呼吸を行うようになる[4]

呼吸形態を嫌気的に変更することは、緑膿菌の増殖を促進する。嫌気呼吸は、バイオフィルムの主要成分であるアルギン酸を多量に生産する表現型の維持に有利である。このため、CF病患者の年齢が増加するにつれ、バイオフィルムの増大により気道内の粘膜が肥大化する。粘膜の肥大化は、粘膜内の菌叢において嫌気性菌を優勢にし、緑膿菌の持続的な繁殖を促す。

この嫌気呼吸において、好気呼吸時に用いられない外膜タンパク質のOprFおよび細胞内rhl量感知回路が要求される。OprFがないとき、rhlRまたはrhllの欠乏中に亜硝酸還元活性が失われ、このことが一酸化窒素の過剰産生による自滅を誘発し、緑膿菌の生育は極端に弱くなる[4]

CF病の治療に用いられている抗生物質の多くは、緑膿菌の呼吸形態の変更により効果が減少するか全くなくなるため、嫌気的な代謝を攻撃する新しい抗生物質の開発が望まれている。
菌体外毒素と分泌酵素

緑膿菌は、さまざまなタンパク質を菌体外に分泌している。これには外毒素溶血素、分泌酵素として働くものが含まれており、緑膿菌の病原性と密接に関連している。

緑膿菌が分泌する外毒素の代表は、エキソトキシンA(外毒素A)である。臨床から分離される緑膿菌の90%がエキソトキシンA産生性である。エキソトキシンAは、ジフテリア菌が作るジフテリア毒素と同じ生理活性を持つ毒素である。すなわち、エキソトキシンAがペプチド伸張因子であるEF2をADP-リボシル化することで、動物細胞のすべてのタンパク質合成を不可逆的に阻害し、最終的に細胞は死に至る。この他、EF2以外の何らかの分子を標的にADP-リボシル化する活性を持つエキソエンザイムS(細胞外酵素S)も分泌することが知られている。

緑膿菌が分泌する溶血素には、強い細胞傷害性を持つヘモリジン(タンパク質性の溶血毒)と、溶血殺菌作用を持つラムノリピドの二種類が知られている。血液寒天培地上ではβ溶血性を示す。また分泌酵素としては、アルカリペプチダーゼや、エラスターゼ、コラゲナーゼ、リパーゼなどを産生する。これらは感染部位の組織を破壊し、細菌の侵入や増殖を容易にすると同時に、出血や壊死などを引き起こす病原因子として働く。
薬剤抵抗性

一般に、グラム陰性菌の方がグラム陽性菌よりも、薬剤抵抗性が強い傾向にあるが、緑膿菌はグラム陰性菌の中でも特に強い薬剤抵抗性を持つ、すなわちこれらの薬剤による殺菌に強い抵抗力を持つことで知られる。

この抵抗性には、緑膿菌が元から持っていたもの(自然耐性)と、後天的に獲得したもの(獲得耐性、いわゆる薬剤耐性)がある。これらが組み合わさることで、緑膿菌の薬剤抵抗性は広い範囲に及んだ、いわゆる多剤耐性の状態にあるものが多く見られる。

消毒薬では逆性石鹸クロルヘキシジン(ヒビテン Hibitane)などに対する自然耐性が強く、低濃度の場合にはこれらの消毒液中で緑膿菌が増殖することもある。抗細菌薬(いわゆる抗生物質)においては自然耐性の高さだけでなく、獲得耐性によって無効になったものも多い。ペニシリンセフェム系などのβ-ラクタム系抗生物質アミノグリコシド系抗生物質は当初から効果がなく、広域ペニシリン、第三世代セフェム、カルバペネム、抗緑膿菌性アミノグリコシド、ニューキノロンなどの開発によって、ようやく緑膿菌治療に有効なものが得られた。


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