緊急事態条項
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例として、日本政府がベルサイユ条約(山東条項)の調印によりドイツ帝国膠州湾租借地の譲渡を受けることを予定して、その5日前にドイツ、オーストリア、ハンガリー及びトルコの国・個人・法人の財産の接収手続を明文化した緊急勅令を発布した際には、帝国議会が承諾しなかったため、翌年3月25日に勅令効力停止の勅令が発布された[注釈 2]

なお、非常大権は一度も発動されたことがなく、戒厳大権との区別は不明瞭であるとされている[47][49][52]
日本国憲法

日本国憲法においては国家緊急権に関する規定は存在しないとする見方が多数的である[22][3]。憲法制定段階においては、日本側が衆議院解散時に、内閣が緊急財政措置を行えるとする規定を提案した。しかし連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)は英米法の観点からこれに反対し、内閣の緊急権によってこれに対応するべきであるとした。その後の協議によって、衆議院解散時には参議院において緊急会を招集するという日本側の意見が採用された[53]

このため日本国憲法が国家緊急権を認めていないとする否定説、緊急権を容認しているという容認説の二つの解釈があり[22]、また否定説は緊急権規定がないのは憲法の欠陥であるとみる欠缺説、緊急権規定の不在を積極的に評価する否認説の二つに更に大別され[22]、結論は出ていない。

このうち欠缺説をとる論者は緊急権の法制化を主張し、否認説と容認説の論者はこれに反対するという構造がある[54]。なお、自由民主党2012年に定めた日本国憲法改正草案では、第9章に緊急事態の宣言について記述がある。大日本帝国憲法は緊急勅令については事後の議会承諾手続を設けていたので議会は効力停止権を持っていたが(8条2項)、閣議決定については、2022年現在は国会による承諾手続は設けられておらず、国会が効力停止権を持っていないという問題がある。
否定説(欠缺説)

大西芳雄は平常時の統治方法のままで対応できない危機が発生しないとは誰にも断言できないが、あらゆる権力の行使を法の定めたルールに従って行うのが立憲主義であるとして、緊急権規定の不在を欠陥であると指摘している[55]。また内閣憲法調査会の委員有志17名により、憲法調査会報告書起草の段階にあたり参考に供するためとして1964年に憲法調査会に提出された「憲法改正の方向」と題する共同意見書において「重大な憲法のミス」であるとしている[56][57]

これに対しては、東日本大震災においても災害対策基本法に従った対応が実際に行われたことなどを踏まえ、日本国憲法に不備はなく、問題があるとすれば法律および運用の巧拙のレベルに過ぎず、憲法を云々せずとも法改正等により対応可能であるとする批判がある[58]
否定説(否認説)

小林直樹は日本国憲法が軍国主義を廃した平和憲法であるため、緊急権規定をあえておかなかったと解釈している[56]。また緊急権が君主権と不可分であったとし、憲法の基本原則に憲法が忠実であろうとしたために緊急権規定が置かれなかったとしている[59]。影山日出弥は日本国憲法が国家緊急権で対処する国家緊急状態の存在自体を否定していると解釈している[60]。この立場からはいかなる事態も国家緊急権以外の方法で対処するべきであるとされ[60]、憲法に緊急権を明記することは「憲法の自殺」であるという意見がある[53]

大日本帝国憲法下においては若干の緊急事態条項が存在したが、濫用の危険が大きいものであった[61]
容認説

河原o一郎高柳賢三は、国家緊急権は超憲法的な原理であり、憲法に明文化されていなくても行使できる「不文の原理」であるとしている[62]

これに対し、容認説は緊急権の発動を権力の恣意に委ねることにほかならず、緊急権が濫用されてきた人類の歴史に照らし採用し得ないとの有力な批判がある[63]
緊急事態に関する政府答弁

第90回帝国議会(昭和21年)憲法改正案委員会[64]において、金森憲法担当国務大臣は次のように答弁している。第1回委員会では旧憲法について、行政当局者にとって緊急の措置を講ずるにあまりにも便宜すぎたがために、民主主義政治の運用上、遺憾なる結果を生じたように思うと述べている。第3回委員会では、旧憲法に存在した緊急勅令等について、行政当局者にとっては調法であるが、その反面、国民の意思をある期間有力に無視し得る制度でもあると述べている。第13回委員会では、旧憲法の非常大権に相当する規定を置かなかった理由として、国民の権利を擁護するためには、政府一存で行う処置は極力防止しなければならず、もし非常大権に相当する規定を残した場合には、どのような精緻な憲法を定めても、非常時を口実にしてここから憲法秩序が破壊される虞がないとは言い切れないと思うので、行政権の自由判断の余地をできるだけ少なくするよう考えた旨を説明した。そのうえで、必要の場合は臨時会を召集して処置をし、衆議院の解散後であって臨時会を召集できないときは、参議院の緊急集会を招集して暫定の処置をすることとし、他方で、非常時に具体的に必要な規定は平素から準備しておくことが適当であろうと述べている[49][65]

第154回国会・衆議院武力攻撃事態への対処に関する特別委員会(第4号・平成14年5月8日)において、当時の内閣法制局長官は、憲法に国家緊急権が明記されなかった理由として、過去の金森国務大臣の答弁の一節を引用したうえで、大規模な災害や経済上の混乱などの非常な事態に対応すべく、憲法の公共の福祉の観点から合理的な範囲内で、国民の権利を制限し、国民に義務を課す法律を制定することは可能であり、既に災害対策基本法国民生活安定緊急措置法などの多くの立法がなされている旨の答弁を行っている[66]
フランス国家における国家緊急権
フランス共和国憲法

フランス第五共和国憲法第16条では、大統領の非常措置権について次のように規定している[23]。第16条〔非常事態権限〕1 共和国の制度、国の独立、領土の保全又は国際的取極の履行が重大かつ切迫した脅威にさらされ、かつ、憲法上の公権力の正常な運営が妨げられた場合には、共和国大統領は、首相、両議院議長及び憲法院に公式に諮問した後に、状況により必要とされる措置をとる。2 共和国大統領は、教書を発してこの措置を国民に通知する。3 この措置は、憲法上の公権力機関にその任務を果たすための手段を最短期間のうちに確保させるという意向に基づくものでなければならない。憲法院は、それに関して諮問を受ける。4 〔この場合に〕国会は、当然に集会する。5 国民議会は、非常事態権限の行使中に解散することができない。6 非常事態権限の行使から30日後に、国民議会議長、元老院議長、60人の国民議会議員又は60人の元老院議員は、第1項に定める要件が依然として備わっているか否かの審査のために、憲法院に付託することができる。憲法院は、可及的速やかに公的な意見により裁定する。憲法院は、非常事態権限の行使から60日後はいつでも、当然にこの審査を行い、及び同一の要件により裁定する。

なお、第6項の規定は、大統領の非常事態権限行使に対する憲法院の審査の創設を趣旨として、2008年7月23日の憲法改正時に導入されたものである[67]。大統領が第16条を発動する決定、終止する決定、及び大統領の決定のうち少なくとも法律事項については統治行為であるとされ、コンセイユ・デタ(国務院)の裁判権に服さないとされているが[68]、第6項の新設により、憲法院の審査権に服することとなった[67]


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