緊急事態条項
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イギリスにおいては、そもそも議会主権を取る不文憲法国で正文憲法自体が無く、新型コロナウイルス対応について、イギリス議会は新しい法律である2020年コロナウイルス法(英語版)で政府にemergency powers(国家緊急権)を与える時限立法を行った[25][26]
ドイツにおける国家緊急権と変遷
ヴァイマル憲法(1919年制定)

ドイツ国において、ヴァイマル憲法48条(英語版)は大統領の非常措置権限として国家緊急権を定めていた。ヴァイマル憲法48条第2項は次のような内容を定めていた[27]。「大統領緊急令」と呼ばれる規定である。

ドイツ国内において、公共の安全および秩序に著しい障害が生じ、又はその虞れがあるときは、ライヒ大統領は、公共の安全及び秩序を回復させるために必要な措置をとることができ、必要な場合には、武装兵力を用いて介入することができる。この目的のために、ライヒ大統領は、一時的に第114条、第115条、第117条、第118条、第123条、第124条、及び第153条に定められている基本権の全部又は一部を停止することができる。 ? ヴァイマル憲法48条第2項[27]

ライヒはドイツ語で国のことを意味する。条文中、第114条は身体の自由、第115条は住居の不可侵、第117条は通信の秘密保障、第118条は言論の自由、第123条は集会の自由、第124条は結社の自由、第153条は財産権の保障に関する規定を指している[28]

1933年1月、ヒトラーは首相に就任すると、翌月には大統領のヒンデンブルクに対して「民族と国家を保護するためのライヒ大統領命令[29]」を布告させ、ヴァイマル憲法48条2項に基づく非常措置権限を発動させた、これにより憲法に定める基本権の停止が図られた[30]。さらに、1933年3月には、ライヒ大統領の非常措置権限をもとに「民族及び国家の危難を除去するための法律[31]」(いわゆる「全権委任法」)を制定し、その2条においては「ライヒ政府の議決したライヒの法律は、ライヒ議会及びライヒ参議会の制度それ自体を対象としない限り、ライヒ憲法に違反することができる。ライヒ大統領の権利は、これにより影響を受けない。[32]」という内容となっており、この法律により議会による立法権のほとんどが政府による立法にとってかわられる結果となった[31]。「全権委任法」、「ヴァイマル憲法#ナチス・ドイツ期のヴァイマル憲法」、および「ナチ党の権力掌握#治安権力の掌握」も参照

その後もヴァイマル憲法48条を根拠にした法令が次々と出された。1934年1月にはライヒの改造に関する法律(ライヒ新構成法)が制定され、その4条によって憲法改正もライヒ政府に委ねられることとなったため、ヴァイマル憲法は形骸化し実質的な意味を失うこととなった[33]
ドイツ連邦共和国基本法(ボン基本法、戦後ドイツ憲法)

ヴァイマル憲法は緊急事態に際しては大統領に緊急措置を容認することによって憲法の規範性を維持しようとしたが、むしろそれが民主主義や基本権の保障の破壊につながったという歴史的過程があったことから、ドイツ連邦共和国基本法(ボン基本法)においても緊急権の法制化には抵抗感があり、特に憲法の規範性の維持にどう配慮するかが課題となった[34]。一方で、ドイツ条約に基づき、ドイツに駐留する米英仏3国は、ドイツにおいて緊急事態が発生した際に、自国の軍隊の安全の確保のため必要な措置をとる権限を留保しており、この権限は、ドイツが緊急事態の対処に関する立法を行った後、消滅する旨の規定となっていたことから、ドイツにとって緊急事態条項の挿入は主権の回復の意味をも持っていた[35]

1960年に連邦政府により、緊急事態に関する基本法改正案が提案された。この改正案は、ワイマール憲法第48条に範をとったものであり、緊急事態において連邦政府に、法律に代わる法規命令を制定し、当該命令により、一定の基本権を制限することも可能とする権限を与えていたため、全会派の反対を受け廃案となった[36]

その後、新たな基本法改正案が提出され、1968年に改正案が成立し、緊急権制度が導入された[37][38]。その特徴は、ヴァイマル憲法時代の反省に立って、緊急命令の乱用によって政府の独裁を許さないよう、緊急事態においても、連邦政府に緊急命令制定権を与えず、連邦政府の措置をできる限り議会及び連邦憲法裁判所の統制の下に置こうとする点にある[39][40]。また、ヴァイマル憲法のように緊急事態を包括的に規定することはせず、国内の反乱や災害等の内部的緊急事態と外国からの侵略等の外部的緊急事態に分けるとともに[37]、外部的緊急事態については、緊急事態の程度と性格に応じて、「防衛事態」、「防衛事態」の前段階としての「緊迫事態」等に区分し、段階的な対処方法を規定している[39]

外部的緊急事態については、防衛事態として115a条以下に規定を置いている[37]。防衛事態の確認は原則として連邦議会が連邦参議院の同意を得て行う(115a条1項)[37]。緊急を要し、且つ連邦議会の集会や議決が(解散・総選挙中で)不能の場合には、非常時において連邦議会及び連邦参議院の機能を代替するために常設され、両院の議員で構成される合同委員会にその権限が与えられており(115a条2項)、このような場合には合同委員会に法律を制定する権限が認められている[37](ただし、合同委員会による立法権の行使には一定の制限があり、基本法の改正、全部又は一部の失効、適用の停止は認められていない[41])。ヴァイマル憲法下ではライヒ議会の解散によって結局は緊急事態権の歯止めを失うという事態に陥った反省から、115h条3項は防衛事態の期間中の連邦議会の解散を禁じている[37]。また、防衛事態においても連邦憲法裁判所とその裁判官の憲法上の地位と任務の遂行は侵害してはならないとされており(115g条)、憲法の規範性の維持に配慮する規定を置いている[37]

連邦議会又は州議会の議員の任期が防衛事態の間に満了する場合は、防衛事態終了後6か月まで任期が延長される(第115h条第1項)[42]

連邦大統領の任期が防衛事態の間に満了する場合は、防衛事態終了後9か月まで任期が延長される。合同委員会が新しい連邦首相を選出する必要が生じた場合には、連邦大統領の提案に基づき、合同委員会の委員の過半数によって選出する。(第115h条)[43]

防衛事態において制限される基本権としては、職業の自由等(12a条)、移転の自由や住居の不可侵(17a条2項)、通信の秘密(10条2項)、移動の自由(11条2項)などを規定している[44]。なお、緊急事態における人権の制限に対する歯止めについて規定があり、労働条件及び経済条件の維持、向上のための労働争議に対して、軍の投入などの措置をとることができないこととなっている(9条3項)[45]。併せて憲法的秩序の除去に対する抵抗権を明文で規定している(20条4項)[44]
日本における国家緊急権
東洋大日本国国憲案

東洋大日本国国憲案』においては、「第214條、内外戰乱ある時に限り、其地に於ては一時、人身自由、住居自由、言論出版自由、集會結社自由等の權利を行ふ力を制し、取締の規則を立つることあるべし。


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