維摩居士
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文殊が「菩薩云何通達佛道(どうしたら仏道を成ずることができるか)」と問うと、維摩は「若菩薩行於非道、是為通達佛道(非道[注 1]を行ぜよ[注 2])」と答えた。次に文殊が「云何菩薩行於非道(菩薩は非道をどのように行ずるのか)」と問うと、維摩は「若菩薩行五無間而無惱恚(もし菩薩、五無間[注 3]を行ずれども、悩恚[注 4]無し)」「示有妻妾采女而常遠離五欲淤泥(妻妾、采女[注 5]有ることを示せども、常に五欲[注 6]の汚泥を遠離す)」等と答える。彼の真意は「非道を行じているように見えても、それに捉われなければ仏道に通達できる」ということを意味している。

大乗経典、特にこの維摩経では、このような論法が随所に説かれており、後々の禅家などで多く引用された。一休宗純などはその典型的な例であると考えられる。
絵画・彫刻にみる維摩居士像

奈良・興福寺東金堂安置 木造維摩居士坐像 建久7年(1196年)定慶作

紙本墨画維摩居士像 室町時代 文清筆 長禄元年(1457年)祖黙賛 奈良・大和文華館

絹本墨画維摩居士像 南宋 京都国立博物館

脚注[脚注の使い方]
出典^ 平凡社マイペディア』、小学館『デジタル大辞泉』
^ 大般涅槃經卷第一「受持五戒威儀具足其名曰威徳無垢稱王優婆塞」

注釈^ から発する仏道に背くこと
^ なお「行ず」という訳には異論もある。1999年、『維摩経』のサンスクリット原典がチベットで発見された。これによれば、漢訳『維摩経』「若菩薩行於非道、是為通達仏道」の「行」「非道」「通達」に当たるサンスクリット原典の単語は、すべて「行く」という意味の動詞(√gam)の派生語であることが判明した。これにより、「非道を行ず」でなく「非道を行く」と読み下すべきであるという指摘がある(植木雅俊訳『梵漢和対照・現代語訳 維摩経』第8章注58)。この場合、「非道を行う」というより「道を外れた進路を進む」という意味となる(植木雅俊『今を生きるための仏教100話』pp.330-331)。
^ 無間地獄に入るべき五つの罪悪
^ 悩みと瞋り
^ 女奴隷
^ 色声香味触

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維摩経

勝鬘夫人

居士










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