竹島問題
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外務省ホームページなどによれば、日韓双方の主張の相違点の概略は以下の通りである[6]

両国の主張・論点日本側の主張韓国側の主張
1.歴史的事実1650年代伯耆国大谷・村川家が松島(旧名)を江戸幕府から拝領し経営している。15 - 16世紀の文献に「于山島」「三峰島」と記述されている。
2.1905年の竹島編入の有効性1905年2月閣議決定および島根県告示により領有意思を再確認した。決定自体、それまで日本領土とみなしていなかった証拠である。
3.第二次世界大戦後の扱い1951年のサンフランシスコ平和条約以前の措置(GHQ覚書)は日本領土の最終決定ではない。1946年1月、連合国軍総司令部(GHQ)の覚書により、小笠原諸島などとともに日本領から分離されている。

日本の主張の概略詳細は争点の項を参照

日本側の主張によれば、現在の竹島は江戸時代には既に日本人によって幕府公認の下で鬱陵島に渡る際の航行の目標及び船がかり(停泊地)やアシカアワビなどの漁猟として利用されていた。その後、明治政府は1905年1月の閣議決定で無主地であった現在の竹島を島根県隠岐島司の所管としたとしている[7]

韓国側が領有の根拠としている古文献や古地図に登場する「于山島」については、これが現在の竹島だとする主張は事実にそぐわず、根拠がないとしている。他方、日本側が現在の竹島の存在を古くから認知していたことは数多くの文献や地図から確認できるとしている(詳しくは于山島を参照)。

また、1952年に韓国が設定した李承晩ラインは一方的なものであり、加えて、その後李承晩ラインが日韓基本条約によって廃止されたにもかかわらず韓国が警備隊を常駐させ竹島を占領し続けていることに国際法上何ら根拠がないと主張している。また、日本側が平和的解決を求め国際司法裁判所に付託することを何度も韓国側へ提案するも応じていないことも問題視している。
日本の江戸時代の松島(現在の竹島)を示す地図


日本では、江戸期に現在の竹島を「松島」、鬱陵島を「竹島」と呼んでいた。(「嶋」・「嶌」は「島」に同じ)


『松嶋絵図』(1656年頃)

『竹嶋之図』(1724年) 鳥取藩作成

『竹嶋之図』(1724年) 鳥取藩作成

『竹嶋之図』(1724年) 鳥取藩作成

長久保赤水『改正日本輿地路程全圖』(1775年)部分:神戸大学住田文庫所蔵

木村蒹葭堂『華夷一覧図』(1790年)

山村才助『華夷一覧図』(1806年):国立公文書館所蔵

高柴栄三雄『大日本國郡輿地全圖』(部分)(1849年)長久保赤水の図に手を加えた地図:東北大学狩野文庫所蔵

長久保赤水「亜細亜小東洋図」(写本、1857年)部分

韓国・北朝鮮の主張の概略詳細は「#争点」を参照

韓国側の主張によれば、現在の竹島(独島)は古代から于山島の名で知られている韓国の領土であり、1696年には朝鮮安龍福が現在の竹島から日本人を追い返し日本に渡り幕府に抗議した。その後、幕府は鬱陵島(当時の竹島)と現在の竹島(当時は松島)を放棄したと判断している(日本側は鬱陵島は放棄したが、竹島は放棄していないという立場を採っている)。また、1877年に日本は太政官指令により鬱陵島と現在の竹島(松島)を日本の領土から除外しており、その後1900年大韓帝国勅令第41号[8]が官報に掲載され、竹島(独島)は石島という名で鬱島郡(=現、鬱陵郡)の管轄となったとしている。日本側が領有の根拠のひとつにあげている1905年の竹島編入については、日本の「韓国侵略」の過程で行われたものであり、無効であると主張している。

なお、「解放」後の韓国政府は、戦後処理のうち帰属財産問題と対日賠償請求に特に力点を置いており、領土問題としては、竹島ではなく長崎県対馬の「返還」を、しばしば日本に対して要求していた[9]1948年1月23日、南朝鮮過渡立法委院委員60名が「対馬島返還要請願書」に署名して提出し、2月17日韓国国会でも来たる対日講和会議では対馬島「返還」の提案が立議された[9]。李承晩大統領は、大韓民国政府樹立直後の1948年8月17日の記者会見において「対馬は韓国領」との声明を発表し、9月10日には大統領特使も東京での会見で「対馬は韓国に帰属すべき」と発言した[9]1949年年頭の記者会見でも李承晩は「対馬を返還すべき」として、対馬領有権を強く主張したが竹島への言及はなかった[9]。竹島については、米軍政期にあっても韓国の地図や文献には竹島は描かれておらず、この時期の地理の教科書や地図では韓国領土の東限を鬱陵島としており、竹島を領土外とする状態が長くつづいた[9]。「独島」返還要求は、1948年8月5日の憂国老人会という民間団体がGHQ最高司令官ダグラス・マッカーサーに送った請願書の中で、対馬とともに「独島」と波浪島という実在しない島の返還を求めたのが最初であった[9]
北朝鮮の立場

北朝鮮による領有権の主張は、もっぱら韓国による竹島の実効支配を支持するという形で行われている。


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