空騒ぎ
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1600年以前に「何度も上演された」とあるので、1598年から1599年の秋か冬の時期には初演されていた可能性が高い[4]。記録が残っている最初の上演は1612年から1613年の冬にかけて宮廷で2度行われた上演で、これは1613年2月14日のイングランド王女エリザベス・ステュアートプファルツ選帝侯フリードリヒ5世の婚儀の際のものである。
分析と批評
スタイル

この芝居はシェイクスピア劇の中では珍しく、テクストの大部分が散文で書かれている[5]。韻文もかなりあり、宮廷風の作法と衝動的なエネルギーの両方を描き出している[6]
舞台

『空騒ぎ』はイタリアのかかとに近いシチリア島の港町メッシーナを舞台にしている。シチリアは芝居の舞台になっている時期はアラゴンの支配下にあった[7]。芝居のアクションは主にレオナートの地所で展開する。
テーマとモチーフ
ジェンダーロール1905年の上演、ベネディック役のハーバート・ビアボーム・トゥリーとベアトリス役のウィニフレット・エメリー。第2幕第5場の「クローディオを殺して」の場面である。

台本においてクローディオとヒーローの関係と同等か、あるいは少し軽いとも言える扱いを受けているにもかかわらず、ベネディックとベアトリスがこの芝居の主な関心の対象とみなされており、今日ではこの2人が主役とみなされているほどである。イングランド王チャールズ2世は自分のセカンド・フォリオに載っているこの芝居のタイトルの脇に「ベネディックとベアトリス」と書いてすらいる[8]。ジェンダーの挑発的な取り扱いはこの芝居の中心になっており、ルネサンスの文脈において考慮する必要がある。この時期の演劇はジェンダーの伝統的な観念を反映したり強調したりする一方、それを問い直すこともあった[9]。スーザン・D・アムッセンは伝統的なジェンダーのクリシェを動揺させることによって、社会秩序が浸食されるのではないかという不安が増したとしてきている[10]。この芝居の人気は、こうしたふるまに対して人々が非常に関心を抱いていることを暗示している。ベネディックは機知に富んだ様子で、女性の口の悪さや性的なふるまいに対する男性の不安を明らかにしている[9]。この芝居に登場する家父長制的な社会において、男性の忠誠は伝統的な名誉や友愛に関する規則と女性に対する優越の感覚によって統御されていた[9]。女性が生来、移り気なのではないかという考えが寝取られに関する冗談として何度も表明され、さらにクローディオがヒーローに対する侮辱をすぐに信じてしまうことからもこうした考えの影響が読み取れる。こうしたステレオタイプは、男性は欺瞞的で移り気であり、女性はそれに耐えねばならないというバルサザーの歌によって覆されている。
不貞

シェイクスピアは寝取られや妻の不貞というテーマをしばしば扱った。男性は妻が貞節かどうか一切知るすべが無く、ゆえに女性がそのことを利用しているという考えに取り憑かれたキャラクターが複数登場する。ドン・ジョンがクローディオの自負心と恋人を寝取られるのではないかという不安につけこみ、このせいで最初の結婚は大変なことになる。男性の多くがヒーローは不純であるとたやすく信じてしまい、父親ですらほとんど証拠もないのに娘をすぐ断罪してしまう。このモチーフは芝居全編に現れ、しばしば寝取られ男の象徴である角などへの言及として示される。

対照的に、バルサザーの歌"Sigh No More"は女性に対して男性の不実を受け入れて楽しく生き続けるようすすめている。バルサザーの歌が下手でメッセージをきちんと伝えていないという解釈もあり、これはベネディックが歌を吠える犬に喩える冷笑的なコメントによって裏付けることもできる。しかしながら1993年のケネス・ブラナーの映画ではバルサザーは美しく歌唱しており、歌は冒頭と最後両方で目立った役割を果たし、映画に登場する女性たちはメッセージをしっかり受け止めているように描かれている[11]
策略

『空騒ぎ』には多くの欺瞞や自己欺瞞が登場する。人々に恋をさせようとしたり、他人が欲しいものを得られるように手助けしたり、自分の間違いに気付かせようとしたりするなど、良い意図ゆえにひっかけや策略が用いられることもしばしばある。しかしながら全てが良い意図による策略ではなく、ドン・ジョンはクローディオにドン・ペドロ自身がヒーローに求愛していると信じさせたり、ボラチオがヒーローの寝室の窓で「ヒーロー」(実際はヒーローのように見えるマーガレットである)に会っていたと信じさせようとする。
マスクとアイデンティティの混乱

他人のふりをしたり、他人に間違えられたりすることがこの芝居では常に起こっている。一例はマーガレットがヒーローに間違えられたことであり、このため結婚式の際、ヒーローの名誉がクローディオにより公衆の面前で毀損されることになる。全員がマスクをつけている仮面舞踏会では、ベアトリスが他人のふりをしているベネディックに本人の悪口を言ったり、マスクをつけたドン・ペドロがクローディオのふりをしてヒーローに求愛する。ヒーローが「死んだ」とされた後は、レオナートがクローディオに「姪」との結婚を要求するが、実は変装したヒーローが「姪」であったとわかるようになっている。
NotingとNothingジョン・サトクリフによる水彩、ベアトリスがヒーローとアーシュラの話を盗み聞きする場面

"Nothing"と"noting"の間には言葉遊びがある。シェイクスピアの時代にはこの二語は同音異義語で、似たような発音であった[12]。文字通りにとると、Much Ado About Nothingというタイトルはたいしたことでもないようなことがら("nothing")について大きな騒ぎ("much ado")がもちあがるという意味で、このたいしたことでもないことがらというのは、ヒーローが不実だという無根拠な訴えや、ベネディックとベアトリスが互いに恋をしているというウソを指す。タイトルはMuch Ado About Notingとも解釈することができる。"Noting"のもとになる動詞"note"は多義的な言葉で、気付いたり、観察したり、注目したり、書き留めたりすることを意味し、ここから派生した意味合いもたくさんある。この芝居のアクションの大部分は他人への関心や批判で、メッセージを書いたり、スパイしたり、立ち聞きしたりすることなどから成り立っている。Nothingとnotingをひっかけた台詞は多数あり、とくに外観("seeming")、流儀("fashion")、外から見た印象などに関してこうした台詞が使われている。"Nothing"には二重の意味があり、"an O-thing" (あるいは"n othing"や"no thing")はエリザベス朝のスラング「ヴァギナ」 という意味があった。これはあきらかに、女性が足の間に持っているのはnothing(nothingを持っている=何も足の間に無い)ということにひっかけた表現である。[1][13][14]
上演史デイヴィッド・ギャリック演じるベネディックを描いたジャン=ルイ・フェッシュ(Jean-Louis Fesch)の1770年の絵

『空騒ぎ』は初演後ずっと非常に人気があったと考えられており、1640年のレナード・ディグズの詩にベアトリスとベネディックの人気がうかがえる描写がある。

イングランド王政復古で劇場が再開した後、サー・ウィリアム・ダヴェナントは『恋人たちに厳しい掟』(The Law Against Lovers, 1662)という翻案を出したが、これは『尺には尺を』にベアトリスとベネディックを接ぎ木したものであった。別の翻案として『普遍の情熱』(The Universal Passion, 1737)というものがあり、これは『空騒ぎ』にモリエールの芝居を組みあわせたものである。シェイクスピア自身の台本は1721年、リンカーンズ・イン・フィールズジョン・リッチによって再演された。デイヴィッド・ギャリックは1748年にはじめてベネディックを演じ、1776年までこの役を演じ続けた[15]ジョン・ギールグッドとマーガレット・レイトンによる1959年のブロードウェイ版『空騒ぎ』

ヘンリー・アーヴィングエレン・テリーが組んでベネディックとベアトリスを演じており、この共演は19世紀の偉大な役者による輝かしい実績として有名である。チャールズ・ケンブルもベネディックとして大きな評判をとった。ジョン・ギールグッドは1931年から1959年まで、ベネディックを当たり役のひとつとしており、ダイアナ・ウィニャード、ペギー・アシュクロフト、マーガレット・レイトンのベアトリスと組んでいる。A・J・アントーンの1972年のプロダクションはブロードウェイでは最長のロングランで、サム・ウォーターストン、キャスリーン・ウィドーズ、バーナード・ヒューズが出演した。デレク・ジャコビは1984年にベネディックを演じてトニー賞をとっているが、既にロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの1982年の公演でベネディックを演じて高い評価を受けていた。演出家のテリー・ハンズは樹木の絵を描いた背景幕を背景替えなしで用い、そこに舞台の長さと同じ鏡をかけるという舞台美術でこの芝居を上演し、シニード・キューザックがベアトリスを演じた。

2013年にジェームズ・アール・ジョーンズ(70代)とヴァネッサ・レッドグレイヴ(80代)がロンドンのオールド・ヴィック・シアターでベネディックとベアトリスを演じた。
主な上演年表1862年の上演、エレン・テリーのベアトリスとヘンリー・アーヴィングのベネディック


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