シェイクスピアは寝取られや妻の不貞というテーマをしばしば扱った。男性は妻が貞節かどうか一切知るすべが無く、ゆえに女性がそのことを利用しているという考えに取り憑かれたキャラクターが複数登場する。ドン・ジョンがクローディオの自負心と恋人を寝取られるのではないかという不安につけこみ、このせいで最初の結婚は大変なことになる。男性の多くがヒーローは不純であるとたやすく信じてしまい、父親ですらほとんど証拠もないのに娘をすぐ断罪してしまう。このモチーフは芝居全編に現れ、しばしば寝取られ男の象徴である角などへの言及として示される。
対照的に、バルサザーの歌"Sigh No More"は女性に対して男性の不実を受け入れて楽しく生き続けるようすすめている。バルサザーの歌が下手でメッセージをきちんと伝えていないという解釈もあり、これはベネディックが歌を吠える犬に喩える冷笑的なコメントによって裏付けることもできる。しかしながら1993年のケネス・ブラナーの映画ではバルサザーは美しく歌唱しており、歌は冒頭と最後両方で目立った役割を果たし、映画に登場する女性たちはメッセージをしっかり受け止めているように描かれている[11]。 『空騒ぎ』には多くの欺瞞や自己欺瞞が登場する。人々に恋をさせようとしたり、他人が欲しいものを得られるように手助けしたり、自分の間違いに気付かせようとしたりするなど、良い意図ゆえにひっかけや策略が用いられることもしばしばある。しかしながら全てが良い意図による策略ではなく、ドン・ジョンはクローディオにドン・ペドロ自身がヒーローに求愛していると信じさせたり、ボラチオがヒーローの寝室の窓で「ヒーロー」(実際はヒーローのように見えるマーガレットである)に会っていたと信じさせようとする。 他人のふりをしたり、他人に間違えられたりすることがこの芝居では常に起こっている。一例はマーガレットがヒーローに間違えられたことであり、このため結婚式の際、ヒーローの名誉がクローディオにより公衆の面前で毀損されることになる。全員がマスクをつけている仮面舞踏会では、ベアトリスが他人のふりをしているベネディックに本人の悪口を言ったり、マスクをつけたドン・ペドロがクローディオのふりをしてヒーローに求愛する。ヒーローが「死んだ」とされた後は、レオナートがクローディオに「姪」との結婚を要求するが、実は変装したヒーローが「姪」であったとわかるようになっている。 "Nothing"と"noting"の間には言葉遊びがある。シェイクスピアの時代にはこの二語は同音異義語で、似たような発音であった[12]。文字通りにとると、Much Ado About Nothingというタイトルはたいしたことでもないようなことがら("nothing")について大きな騒ぎ("much ado")がもちあがるという意味で、このたいしたことでもないことがらというのは、ヒーローが不実だという無根拠な訴えや、ベネディックとベアトリスが互いに恋をしているというウソを指す。タイトルはMuch Ado About Notingとも解釈することができる。"Noting"のもとになる動詞"note"は多義的な言葉で、気付いたり、観察したり、注目したり、書き留めたりすることを意味し、ここから派生した意味合いもたくさんある。この芝居のアクションの大部分は他人への関心や批判で、メッセージを書いたり、スパイしたり、立ち聞きしたりすることなどから成り立っている。Nothingとnotingをひっかけた台詞は多数あり、とくに外観("seeming")、流儀("fashion")、外から見た印象などに関してこうした台詞が使われている。"Nothing"には二重の意味があり、"an O-thing" (あるいは"n othing"や"no thing")はエリザベス朝のスラング「ヴァギナ」 という意味があった。これはあきらかに、女性が足の間に持っているのはnothing(nothingを持っている=何も足の間に無い)ということにひっかけた表現である。[1][13][14]。 『空騒ぎ』は初演後ずっと非常に人気があったと考えられており、1640年のレナード・ディグズの詩にベアトリスとベネディックの人気がうかがえる描写がある。 イングランド王政復古で劇場が再開した後、サー・ウィリアム・ダヴェナント ヘンリー・アーヴィングとエレン・テリーが組んでベネディックとベアトリスを演じており、この共演は19世紀の偉大な役者による輝かしい実績として有名である。チャールズ・ケンブル
策略
マスクとアイデンティティの混乱
NotingとNothingジョン・サトクリフによる水彩、ベアトリスがヒーローとアーシュラの話を盗み聞きする場面
上演史デイヴィッド・ギャリック演じるベネディックを描いたジャン=ルイ・フェッシュ(Jean-Louis Fesch)の1770年の絵
2013年にジェームズ・アール・ジョーンズ(70代)とヴァネッサ・レッドグレイヴ(80代)がロンドンのオールド・ヴィック・シアターでベネディックとベアトリスを演じた。
主な上演年表1862年の上演、エレン・テリーのベアトリスとヘンリー・アーヴィングのベネディック
宮内大臣一座