空手
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このため、永岡秀一(柔道十段)や磯貝一(柔道十段)等、講道館の重鎮達から「型だけではわからん」とその単独稽古偏重が厳しく批判されたという[47]。こうした批判を受けて、大塚博紀小西康裕等が自ら学んでいた神道揚心流柔術や竹内流柔術等の様式を取り入れて作ったものが今日の約束組手の起源である。

これ以降も空手の約束組手は本土の大学生達を中心に改良が重ねられていった。さらに戦後になると、本格的に組手試合が整備されていった。組手試合の形式には、下に示す三形式が主流であり、ルールの細かい点は流派・会派毎に特色が見られる。
寸止め

打撃による怪我を防ぐため、原則相手の皮一枚で止める「寸止め」もしくは「極め」と呼ばれる試合形式。主に全空連に加盟する伝統派空手の各流派で行われている。試合によっては防具着用を義務付ける場合もあるが、それでも直接打撃は認めていない。しかし全空連を含む多くの試合では事実上当てることが認められており、直後の引き手でダメージの軽減を計っている。このことはルール記載上の文言とは馴染まないが黙認されている。この場合、試合に支障を来たすようなダメージが与えられた場合や引き手の程度により初めて「当てた」と審判にも認知されるのが通例である。
防具付き空手

防具着用の上での直接打撃を行う試合形式。防具付き空手、硬式空手の各流派・会派で行われている。広義のフルコンタクト空手。詳しくは防具付き空手の項を参照。
フルコンタクト

フルコンタクトと呼ばれる直接打撃を認める試合形式。防具などを一切着用せず素手、素足で試合をする。ただし、顔面への拳による攻め、金的への蹴り、膝への関節蹴りなど急所攻撃は禁じている。狭義のフルコンタクト空手。極真会館など。
空手の流派と競技形式
歴史

講道館に統一されている柔道とは異なり、空手道には無数の流派が乱立し、流派によって教える型や鍛練法、試合ルールも全く異なる。大別すると、空手道の競技形式は伝統派空手フルコンタクト空手防具付き空手に分類することができる。

糸洲安恒によれば、空手道はもと昭林流と昭霊流の二派が中国から伝来したものが起源とされる[48]。前者は首里手となり、後者は那覇手となったとするのが一般的な解釈であるが、上記二派は中国でもその存在が確認されておらず、どの程度歴史的事実であったのかは、疑問の残るところである。そもそも「……流」という表記は日本的であり、中国では「……拳」と称するのが一般的であるとの指摘もある。

今日の空手流派は本土に伝来して以降のものである。最古の空手流派は、本部朝基が大正時代に命名した日本傳流兵法本部拳法(本部流)が、文献上確認できるものとしては最も古い[49]。船越義珍の松濤館流も実質的には同程度古いが、この流派名は戦後の通称であり、船越自身は生涯流派名を名乗らなかった[50]。昭和に入ってからは、宮城長順が昭和6年(1931年)に剛柔流を名乗っている[51]。その後は、知花朝信(小林流1933年)、摩文仁賢和(糸東流1934年)、小西良助(神道自然流1937年)、大塚博紀(神州和道流空手術・1938年)、保勇少林寺流空手道錬心舘1955年)、菊地和雄(清心流空手道・1957年)と、流派の命名が続いた。
伝統派空手

広義には、文字通り伝統的な空手の流派、すなわち、古流空手、全空連加盟等の本土空手、沖縄空手を含む。防具付き空手をこちらに分類することもある。伝統空手とも言う。狭義には、「寸止め」ルールを採用する全空連の空手およびその参加流派を指す場合が多い。下記の分類はあくまで概略的なものであり、それぞれにまたがる流派も多い。詳しくは、伝統派空手を参照。
古伝空手(古流空手)

伝統派空手のうち、競技化、スポーツ化を志向せず、古伝(古流)の空手スタイルを重視する。特徴としては、伝統的な型稽古や組手稽古、沖縄古来の鍛錬法の重視、武器術の併伝などを挙げることができる。沖縄空手とほぼ同義で使われることもあるが[52]、沖縄空手の中でも、特に糸洲安恒による空手近代化以前のスタイルを指して使われることもある[53]

古伝空手(唐手)もしくは古流空手(唐手)という用語自体は、比較的最近のものである[注 1]。1990年代以降、伝統派空手の内部から空手の近代化に批判的な論客(柳川昌弘新垣清宇城憲治など)が現れ、彼らの著作がベストセラーになるようになった。特に2000年以降、甲野善紀らによる古武術ブームの影響もあり、古伝(古流)空手への回帰論は空手言論界に大きな影響を及ぼした。こうした研究者のすべてが古伝(古流)を標榜しているわけではないが、近代空手と一線を画する論調が相互作用して一つの潮流を形成している。

古伝(古流)空手では、型の再評価や型分解の見直し、また競技化される以前の組手にあった技法――急所攻撃、取手(関節技、投げ技)等――の探究、さらには「」、丹田といった東洋的な概念の再評価が行われている。

古伝(古流)空手の流派には、湖城流本部流心道流などがある。他に沖縄本島の松林流喜舎場塾、日本本土の空手道今野塾、清心館大久保道場(全日本清心会)などの古流稽古スタイルの会派・道場がある。
狭義の伝統派空手(全空連空手、寸止め空手)

一般には本土空手を指す場合が多い。全空連に加盟し、空手道の競技化、スポーツ化に力点をおいている。全空連が寸止めルールを採用していることから、寸止め空手と呼ばれることも多い。競技空手、スポーツ空手とも呼ばれる。本土空手は、剛柔流、松濤館流、和道流、糸東流が規模の上から一般に四大流派と呼ばれ、よく知られている。

本土空手は、大学や高校を中心に発展してきた。それゆえ、より若者向けに型や組手も沖縄より全体的に力強く、ダイナミックで、見栄えがするように変化してきている。しかし、近年では生涯武道という観点から、また古伝空手ブーム等の影響もあって、競技化への反省も見られる。他に本土という土地柄、他格闘技との融合や影響が見られるのも特徴である。

近年では、勝負の判定を従来よりスポーツライクなものとしたポイント制や、拳サポーターの色分け(青と赤。従来は両者が白で、赤と白の区別は赤帯を用いていた)、細かなものでは審判の人数や立ち位置など、ルールにかなりの見直しが施されている。これらはオリンピック種目化を目指しての革新と見られるが、スポーツ化したとき見た目にはさほど違いのないテコンドーが既にオリンピック種目となっているため、実現は容易ではないと考えられていた。

2016年8月3日(日本時間4日)、リオデジャネイロで開かれた国際オリンピック委員会総会で2020年東京オリンピックの追加種目の一つとして空手道が承認された[54]
沖縄空手

沖縄に本拠をおく空手流派である。スポーツ化の傾向にある本土空手と距離をおく意味で、「沖縄空手」が本来の伝統武道空手として用いられる場合も多い。本土の流派が主導する全空連が指定形から沖縄の形を排除したことに反発して、沖縄は本土と距離を置くようになった。しかし、沖縄県空手道連盟のように全空連に加盟している組織もある。

沖縄空手の特徴としては、伝統的な型稽古や鍛錬法を重視している。組手は、本土よりも遅れていたが近年は全空連式の寸止め方式が逆輸入されて盛んになっている。以前は防具組手も行われていた。ほかに武器術や取手術の併伝などを挙げることができる。しかし、沖縄空手も糸洲安恒以降近代化しており、また本土からの影響もあって、琉球王国時代そのままというわけではない。明治以降、東恩納寛量や宮城長順による那覇手の改革、新たに中国からもたらされた上地流等の普及により、琉球王国時代の特徴をそのまま継承する流派はむしろ少数になっている。湖城流のように戦後県外に流出した古流流派も存在する。しかし、少数の道場では、今日でも古くから伝えられた技や稽古法の保存に努めている。近年では沖縄県自体も空手の発祥地を意識して、「沖縄空手」の国際的な宣伝に力を入れている。

沖縄空手の流派には、三大流派として剛柔流上地流小林流があり、他に糸東流、沖縄拳法、少林流、少林寺流、松林流、本部御殿手、沖縄剛柔流、沖縄松源流、劉衛流、金硬流などがある。本土の空手会派とは組織形態が異なり、多くの沖縄空手会派、流派は単独組織を維持し、本土より世界各国に、より数多くの支部道場を持ち、世界的な大きな広がりがある。
フルコンタクト空手

直接打撃制ルールを採用する会派。開祖となった極真空手がもっとも有名であるが、広義には以下のものも含まれる。そもそも直接打撃制ルール自体は寸止めルールよりもはるかに歴史は古い。詳しくは、フルコンタクト空手を参照。
狭義のフルコンタクト空手(極真カラテなど)

極真会館とその分派の多くに代表される「手技による顔面攻撃以外」の直接打撃制ルールを採用する会派のことを指す。しかし、近年では国際FSA拳真館極真館など一部の試合で手技による顔面への直接打撃を認める会派も増えている。また、最近は幼年部・少年部・壮年部の人口が増加しているため、上級者以外ではヘッドギアやサポーターをつけることが多くなっている。極真会館の分派以外には伝統派空手の分派や、少林寺拳法の分派である白蓮会館、日本傳拳法の流れを汲む士衛塾、国際FSA拳真館などがある。2013年(平成25年)には、新極真会緑健児JKJOの渡辺正彦の呼びかけで、全日本フルコンタクト空手道連盟(JFKO)が発足。


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