初のカラー東宝怪獣映画である[出典 6][注釈 2]。正月向け興行の特撮作品としては『透明人間』(1954年)以来であった[22]。
原作者の黒沼健は日本におけるオカルト・ライターの草分けでもあり[22]、@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}本作品でも自衛隊機が国籍不明機を追跡する場面ではアメリカの有名なUFO事件のマンテル大尉事件がヒントにされている。[要出典]1954年版『ゴジラ』でのゴジラが台風と共にやってきたように、本作品でのラドンは炭鉱の落盤事故と共にやってくる。心配する家族の様子は当時のニュース映像そのままであり、目撃者がショックで記憶を失っているのは、事故被害者の一酸化炭素中毒後遺症を思わせる。一方、炭鉱に人間を襲う小型怪獣が出現し、炭鉱の奥に始祖鳥のような大型怪獣がいるという展開は、海上日出男による脚本『ゴジラの花嫁?』にも見られるものであった[23]。
核の象徴としても位置づけられていたゴジラと異なり、ラドンはより生物的な側面が強調されており、その生態や出現経緯がリアルなタッチで描かれているのも特徴である[出典 7]。ストーリーの前半は、炭鉱での殺人事件の捜査に費やされ、ラドンが登場するのは後半に入ってからである[11]。前半で描かれる暗い坑内での陰惨な事件と、後半の青空を超音速で飛行するラドンとその追撃によるスピーディな展開が、カラー作品ならではの色彩設計を活かした対照的な構成となっている[24][20]。
ラドンが衝撃波で破壊する西海橋は、本作品の劇場公開の前年に完成したばかりだった。劇場公開後、西海橋や阿蘇山を訪れる観光客は明瞭に増えたとのことで、以後の怪獣映画のロケ地として完成まもない注目の新ランドマークが宣伝も兼ねて怪獣に破壊される伝統の先駆けとなった[22]。また、ラドンが福岡市天神地区を火の海にするシーンで破壊されるデパートの岩田屋のマークは噴水の水流3本を意匠化したものだが、あたかもラドンを意匠化したように見え、「自社を破壊した怪獣をマークにしているデパート」と評判になった。「怪獣に壊される建物」は現実の所有者にお伺いを立てると非承諾となることが多いが、本作品では「壊されることで有名になる」と現実の所有者が「映画の中で破壊される現実に存在する建物」として快諾した「町興し」映画の側面もあるという点が、DVDのコメンタリーで言及されている。
本作品にはラドンの卵の大きさや体重などを推定するためにコンピューターを利用する場面が見られるが、日本の怪獣映画やSF映画にこうした電子機器を導入する場面が出てくるのは、これが初めてである。[要出典]また、劇中でのコンピューターの呼称が電子計算機だったのに対し、原作小説ではサイバネティックスという、当時としては先鋭的な名称が設定されていた[25]。
原作小説の初出は少年雑誌『中学生の友』1956年10月号の別冊付録[25][23]。同小説は、季刊誌『幻想文学』第39号(1993年9月・幻想文学出版局)の特集「大怪獣文学館」にも再録されている。