科学理論
[Wikipedia|▼Menu]
これにより、仮説を支持する証拠と否定する証拠の両方が集まる。特定の調査分野に対し十分の結果が集まると、科学者は次に、これらのうち可能な限り多くの証拠を説明する説明の枠組みを提案する。この説明に対しても検証がなされ、前述の基準を満たすまでになればその説明は理論として受け入れられる。十分な証拠を集めるのは複雑で困難な事例も多く、理論が完成するまでに何年も要することも常である[20]

十分基準に満たすようになれば、その説明は少なくともある一定数の現象については最も適合しているとして、科学者の間で広く科学的コンセンサスが得られる。できた科学理論は従来の理論では説明できなかったり正確な予測ができなかった事柄についても予想ができるようになり、根拠なき理論の改ざんの試みにも抵抗できるようになる。

証拠の強さは科学コミュニティーによって評価され、最も重要な追試は複数の独立したグループによって行われる。

理論が科学的に使えるものになるためには、必ずしもそれが完全無欠な正確さを持っている必要はない。たとえば、古典力学による予測は、相対論的領域では不正確になるが、通常人間が経験するような低速度においては十分正確といえる数字が出る[6]。また化学において酸と塩基に関しては、酸性化合物と塩基性化合物の根底の性質について全く異なる説明がいくつも理論として存在するが、それらは化学反応の挙動を予測するのに役に立っている。

科学的知識と同様に、すべての理論は完全なる確実性(英語版)を持っているわけではなく、将来の実験結果が理論的予測と矛盾する可能性を秘めている[8]。しかしそれでも、科学理論は科学的知識の中で最高レベルの確実性を持っていると広く受け入れられており、たとえばすべての物体が重力の影響を受けていること、地球上の生命すべてがLUCAと呼ばれる共通祖先から進化したことなどがそれに当てはまる。

理論が既に強力な証拠によって信頼が担保されている場合、理論を受け入れるために主要な予測すべてをテストする必要はない。たとえば、そうした追実験の中には技術的な問題などで実行が非現実的なものもあり、その結果その理論は未確認のままの予測をすることになる。こうした場合は予測される結果についてはしばしば「理論的には」とことわりを入れたうえで記述されることも多い。これらの予測はのちに試行が可能になることもあり、その場合は理論が正しいか誤っているかを改めて確かめられる。

物理学者リチャード・P・ファインマンは次のように述べている。

いくらあなたのその理論が美しくとも、またいくらあなたが賢くても関係ない。実験と一致しないのであれば、それは間違っている。[21]
理論の修正と改良

理論からの予測に反する実験結果が観測された場合、まず科学者はその実験計画が適切だったかを精査して評価し、独立した実験を行い再現性がある結果かを確認する。それから、理論に潜在的な改善の余地がないかを探し始める。解決には、理論に対して大きい・小さい修正を加えることを要するときもあれば、既存の理論の枠組み内で満足する説明が得られ理論自体に手を加える必要が全く無くなることもある。時間がたつにつれて修正された理論が互いの上に重なり合うことで、理論はより改善され予測精度も高まる。修正後の理論や全く新しい理論は従来のものよりも予測・説明の能力が高いことが要求されるため、科学的知識も時を経るにつれて正確になる。

既存の理論の修正で新しい実験結果をなお説明できない場合は、修正の枠を超えた全く新しい理論が必要になる場合がある。科学的知識は概して連続的であるため、その繋がりを断つような新理論の構築は修正に比べて滅多に起こることではない[8]。さらに、その新理論が提唱され受け入れられるまでは、なお既存の理論が使われる。これは、新しい実験結果以外のほかの事象については、なお既存の理論が最もよく説明がなされていることが確かめられているからである。たとえば水星近日点移動1859年に確認され、ニュートン力学から外れていることが分かっていたが[22]、その後1915年に提唱された一般相対性理論が十分な証拠をもって支持されるまではニュートン力学のみが最も適合した説明のできる理論として残り続けた。

また、新理論は1人の科学者から提唱されることもあれば複数のグループから提案されることもあるが、どちらにせよその修正の過程には多くの科学者の貢献が組み込まれていく。

受け入れられた後の新しい理論・修正された理論は従来のものより強い予測能力を持ち(もしそうでなければそもそも受け入れられていないはずである)、この新しい説明はさらに置き換えられたり修正されたりする可能性を持つ。追試を繰り返してもなお修正を必要としない場合、その理論は非常に正確であるといえる。つまり、受け入れられた理論は時間の経過とともに論拠を蓄積していき、その理論原理が受け入れられ続けた時間の長さこそがその理論を支える根拠の強さを意味している。
理論の統一量子力学において、原子中の電子原子核の周りの原子軌道を占有する。画像は3つのエネルギー準位(1,2,3)における水素原子の3種類の軌道(s, p, d)を表し、明るい領域が確率密度の高い領域に対応している。

理論の中には、2つ以上の理論それぞれをある1つの理論の近似や特殊例になっているとして説明するよう置き換えることがあり、これを理論の統一と呼ぶ[7]。たとえば、電気と磁気は電磁気学として知られる1つの現象分野の側面の2つにすぎないことが分かっている[23]

異なる理論がそれぞれ矛盾しているように見える場合、この問題はさらなる証拠によって2つの理論が統一されることで解決するときがある。たとえば、19世紀の物理学では、太陽は生命の進化が起こるほどの地質学的変化が地球に起こるほど十分に長い期間燃焼し続けることはできないが、放出するエネルギーが昔は小さかったとすると今度は地球に変化を与えるにはエネルギー量が足りなくなるとして、科学者を悩ませてきた。これは、太陽のエネルギーが燃焼ではなく核融合で生じていると発見されたことで解決した[24]

またこうした矛盾は、より基本的で矛盾のない現象を近似する理論の結果として説明されることもある。たとえば原子論量子力学の近似と言える。また、現在の物理学における理論では基本相互作用は4種類に分けられ、それぞれがほかの理論の近似となっているが、これらを統一する万物の理論と呼ばれる統一理論の存在可能性が研究されている[7]
相対性理論における例

1905年アルバート・アインシュタイン特殊相対性理論の原理を発表し、すぐに理論となった[25]。特殊相対性理論はガリレオ相対性理論とも呼ばれるガリレイ不変性のニュートン原理と電磁場の整合性を予想するものである[26]。特殊相対性理論からエーテルの概念を除外することで、アインシュタインは相対運動をする物体内で測定される時間の遅れ長さの収縮はほかの慣性座標系でのそれと同等であることを主張した。つまり、物体がその観測者から観測されたとき、その物体は一定の方向を持つ速さを示す。それによってアインシュタインは、当時の実験的事実を解釈するためにエーテルの力学的特性を電気力学理論で説明できるよう導入されたローレンツ変換とローレンツ収縮の理論に重複してたどり着いた。洗練された理論である特殊相対性理論からは、質量とエネルギーの等価性や、電場の視点から見た電磁場の励起が磁場から見ると異なるというパラドックスの解決などの独自の結論が得られた[27]

アインシュタインは慣性系・加速系問わず全ての座標系に不変原理を導入しようと試みた[28]。アインシュタインは遠隔作用である中心力のニュートン力学的な重力という概念を排し、重力場という概念を提唱した。1907年に発表されたアインシュタインの等価原理では、重力場における自由落下運動も慣性運動であることを示唆している[28]。特殊相対性理論の効果を三次元空間に拡張することで、長さの収縮は空間の収縮に拡張され、すべての物体の経路を設定し幾何学的に変化する重力場としての四次元空間を考えることができる。これにより、質量を持たず重力に影響しないと考えられてきた、エネルギーでさえもこの四次元空間の「表面を曲げる」ことで物体の重力場での運動に作用できるようになる。しかし、エネルギーが膨大でない限りは空間の変化と時間の進む速度の低下の効果は、予測される運動に対してわずかな影響しか与えない。この点で、相対性理論はより説明的な科学的実在論として受け入れられている一方で、ニュートン力学は道具主義として依然ある程度の予測ができる理論として受け入れられている。計算するのが簡単なこともあり、NASAのエンジニアもほとんどの場合でニュートンの運動方程式を現在も使い続けている[8]
理論と法則「科学法則(英語版)」も参照

科学理論も科学法則も、仮説を立てそれを検証するという科学的方法を通じての産物である点、自然界の事象について予測を立てられる点では共通している。また、両方とも観測や実験による証拠によって支持される点でも同じである[29]。しかし、科学法則はある限られた特定の条件下での自然現象のふるまいを記述しているにすぎないが、それに対して科学理論は範囲が広く、自然現象がどのように起こり、なぜその特定の条件下でそのようなふるまいをするのかの理由まで包括的に説明できる。科学理論は多くの異なった情報源による証拠に支えられているため、1つかそれ以上の科学法則を内包する[30]

よくある誤解として、科学理論は初歩的なアイデアに過ぎず、そこから十分なデータや証拠の蓄積を経て最終的に科学法則になると考えられることがしばしばある。しかし正しくは、新しい・より良い証拠が集まっても理論が法則に変わることはなく、理論は理論のままであり法則は法則のまま変わらない[29][31][32]


次ページ
記事の検索
おまかせリスト
▼オプションを表示
ブックマーク登録
mixiチェック!
Twitterに投稿
オプション/リンク一覧
話題のニュース
列車運行情報
暇つぶしWikipedia

Size:95 KB
出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
担当:undef