神谷明
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後に「ほかの劇団に入っていたら、30歳前に辞めていると思うんです」と語っている[28]。事務所はその後、青二プロダクション[29][30]ぷろだくしょんバオバブ[31]東京俳優生活協同組合[32]、アップス[22][33][34]、青二プロダクション[2]コアミックス[35]を経てフリーとなり、現在は有限会社冴羽商事代表取締役[7]
声優等として

1970年、テレビアニメ『魔法のマコちゃん』の千吉役でアニメ声優デビュー[11][12]。初レギュラーは『赤き血のイレブン』のヤシマサスケ役[22]。初主演は『バビル2世』のバビル2世役で[11]、彼のトレードマークの「叫び」もこの作品で体得した。

以後、『ゲッターロボ』(1974年)や『勇者ライディーン』(1975年)など主にロボットアニメ作品で主役を多く担当し、声優として一気に存在感を増した[23]。これらの作品のクライマックスで必殺技を叫び続けたことから、一部では「叫びの神谷」と呼ばれた[23]。この頃から声の仕事が増えたが、舞台公演のキャスティングから漏れるようになったことで悩んだ末、声優業に専念することを決意しテアトル・エコーも退団した[15]

1970年代後半からアニメブームが興り、同時期に起きた声優ブームでは中心的存在となり、“ 声優界のプリンス ”といったキャッチフレーズと共にアニメ雑誌で表紙やグラビアを飾るなどアイドル的な人気を博した[15][23]。1979年から約1年間、『神谷明のオールナイトニッポン』のラジオパーソナリティーを担当し『オールナイトニッポン』初となる声優のレギュラーパーソナリティとなった[23]。同年にアニソン以外の楽曲「マイ・ウェイ」でのレコードデビューや、5月には日本劇場(現・有楽町マリオン)で声優としてただ一人ワンマンショーを開催するなど、これらも声優として初である[23]。直前の春休みには日劇と青二プロダクション主催の声優イベント「Voice.Voice.Voice」が人気を博し、日劇での前売り券発売日には神谷本人の来場もあって数寄屋橋交差点までの長蛇の列ができた。また、声優として初めてブロマイドが発売された[23]

1980年代には『週刊少年ジャンプ』連載漫画のアニメ化作品に多数出演し、『キン肉マン』、『北斗の拳』、『シティーハンター』などでは主演を務めた。また、これらの作品が神谷の代表作として紹介されることも多い。

アニメージュで開催されているアニメグランプリ声優部門(男性)にて、通算11回に渡りグランプリを受賞している[注 1]

1995年阪神・淡路大震災の際にはチャリティとしてユニット「WITH YOU」を結成。そのリーダーを務め、「ふれ愛コンサート」でも活動。声優など多数の参加を得る。チャリティーイベントはその後も2004年の新潟県中越地震、2011年の東日本大震災、2018年の西日本豪雨など、大きな災害が起こるたびに各地で開催された[23]

2000年、『少年ジャンプ』連載作品の原作者である漫画家らが集英社から独立して設立した編集プロダクションのコアミックスに出資、2004年末まで役員を務めていた。
現在まで

2017年1月9日、テレビ朝日にて放映された『人気声優200人が本気で選んだ!声優総選挙!3時間SP』で第22位に選ばれる[36]

現在は声優業の他に司会、ラジオCMやゲーム音声の製作、コンサート・イベント運営、講演会など幅広い活動をしている。
特色・人物

声種は「明るく澄んだハイバリトン[7]」。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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