神曲
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ギュスターヴ・ドレ による挿絵

西暦(ユリウス暦1300年聖金曜日復活祭直前の金曜日)、人生の半ばにして暗い森に迷い込んだダンテは、地獄に入った。作者であり主人公でもあるダンテは、私淑する詩人ウェルギリウスに案内され、地獄の門をくぐって地獄の底にまで降り、死後の罰を受ける罪人たちの間を遍歴していく。ウェルギリウスは、キリスト以前に生れたため、キリスト教の恩寵を受けることがなく、ホメロスら古代の大詩人とともに未洗礼者の置かれる辺獄(リンボ)にいた。しかし、ある日、地獄に迷いこんだダンテの身を案じたベアトリーチェの頼みにより、ダンテの先導者としての役目を引き受けて、辺獄を出たのである。冥界の渡し守カロンが死者の霊を舟に乗せてゆく。地獄篇の挿絵より。

『神曲』において、地獄の世界は、漏斗状の大穴をなして地球の中心にまで達し、最上部の第一圏から最下部の第九圏までの九つの圏から構成される。かつて最も光輝はなはだしい天使であったルチフェロが神に叛逆し、地上に堕とされてできたのが地獄の大穴である。地球の対蹠点では、魔王が墜落した衝撃により、煉獄山が持ち上がったという。地獄は、アリストテレスの『倫理学』でいう三つの邪悪、「放縦」「悪意」「獣性」を基本として、それぞれ更に細分化され、「邪淫」「貪欲」「暴力」「欺瞞」などの罪に応じて、亡者が各圏に振り分けられている。地獄の階層を下に行くに従って罪は重くなり、中ほどにあるディーテの市(ディーテはプルートーの別名)を境として、地獄は、比較的軽い罪と重罪の領域に分けられている。ボッティチェッリの 地獄の図 c. 1490年

『神曲』の地獄において最も重い罪とされる悪行は「裏切り」で、地獄の最下層コキュートス(嘆きの川)には裏切者が永遠に氷漬けとなっている。数ある罪の中で、「裏切り」が特別に重い罪とされているのは、ダンテ自身がフィレンツェにおける政争の渦中で体験した、政治的不義に対する怒りが込められている。

地獄界は、まず「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」と銘された地獄の門を抜けると、地獄の前庭とでも言うべきところに、罪も誉もなく人生を無為に生きた者が、地獄の中に入ることも許されず留め置かれている。その先にはアケローン川が流れており、冥府の渡し守カロンの舟で渡ることになっている。地獄界の階層構造は、以下のようになっている。

地獄界の構造

地獄の門 - 「この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ」の銘が記されている。

地獄前域 - 無為に生きて善も悪もなさなかった亡者は、地獄にも天国にも入ることを許されず、ここで蜂や虻に刺される。

アケローン川 - 冥府の渡し守カロンが亡者を櫂で追いやり、舟に乗せて地獄へと連行していく。

第一圏 辺獄(リンボ) - 洗礼を受けなかった者が、呵責こそないが希望もないまま永遠に時を過ごす。

地獄の入口では、冥府の裁判官ミーノスが死者の行くべき地獄を割り当てている。

第二圏 愛欲者の地獄 - 肉欲に溺れた者が、荒れ狂う暴風に吹き流される。

第三圏 貪食者の地獄 - 大食の罪を犯した者が、ケルベロスに引き裂かれて泥濘にのたうち回る。

冥府の神プルートーの咆哮。「パペ・サタン・パペ・サタン・アレッペ!」

第四圏 貪欲者の地獄 - 吝嗇と浪費の悪徳を積んだ者が、重い金貨の袋を転がしつつ互いに罵る。

第五圏 憤怒者の地獄 - 怒りに我を忘れた者が、血の色をしたスティージュの沼で互いに責め苛む。

ディーテの市 - 堕落した天使と重罪人が容れられる、永劫の炎に赤熱した環状の城塞。ここより下の地獄圏はこの内部にある。

第六圏 異端者の地獄 - あらゆる宗派の異端の教主と門徒が、火焔の墓孔に葬られている。

二人の詩人はミノタウロスケンタウロスに出会い、半人半馬のケイロンネッソスの案内を受ける。

第七圏 暴力者の地獄 - 他者や自己に対して暴力をふるった者が、暴力の種類に応じて振り分けられる。

第一の環 隣人に対する暴力 - 隣人の身体、財産を損なった者が、煮えたぎる血の河フレジェトンタに漬けられる。

第二の環 自己に対する暴力 - 自殺者の森。自ら命を絶った者が、奇怪な樹木と化しアルピエに葉を啄ばまれる。

第三の環 神と自然と技術に対する暴力 - 神および自然の業を蔑んだ者、男色者に、火の雨が降りかかる(当時のカトリック教徒は同性愛を罪だと考えていた)。


第八圏 悪意者の地獄 - 悪意を以て罪を犯した者が、それぞれ十の「マーレボルジェ(英語版)」(悪の嚢)に振り分けられる。

第一の嚢 女衒 - 婦女を誘拐して売った者が、角ある悪鬼から鞭打たれる。

第二の嚢 阿諛者 - 阿諛追従の過ぎた者が、糞尿の海に漬けられる。

第三の嚢 沽聖者 - 聖物や聖職を売買し、神聖を金で汚した者(シモニア)が、岩孔に入れられて焔に包まれる。

第四の嚢 魔術師 - 卜占や邪法による呪術を行った者が、首を反対向きにねじ曲げられて背中に涙を流す。

第五の嚢 汚職者 - 職権を悪用して利益を得た汚吏が、煮えたぎる瀝青に漬けられ、12人の悪鬼であるマレブランケから鉤手で責められる。

第六の嚢 偽善者 - 偽善をなした者が、外面だけ美しい重い金張りの鉛の外套に身を包み、ひたすら歩く。

第七の嚢 盗賊 - 盗みを働いた者が、蛇に噛まれて燃え上がり灰となるが、再びもとの姿にかえる。

第八の嚢 謀略者 - 権謀術数をもって他者を欺いた者が、わが身を火焔に包まれて苦悶する。

第九の嚢 離間者 - 不和・分裂の種を蒔いた者が、体を裂き切られ内臓を露出する。

第十の嚢 詐欺師 - 錬金術など様々な偽造や虚偽を行った者が、悪疫にかかって苦しむ。


最下層の地獄、コキュートスの手前には、かつて神に歯向かった巨人が鎖で大穴に封じられている。

第九圏 裏切者の地獄 - 「コキュートス」(Cocytus 嘆きの川)と呼ばれる氷地獄。同心の四円に区切られ、最も重い罪、裏切を行った者が永遠に氷漬けとなっている。裏切者は首まで氷に漬かり、涙も凍る寒さに歯を鳴らす。

第一の円 カイーナ Caina - 肉親に対する裏切者 (旧約聖書の『創世記』で弟アベルを殺したカインに由来する)

第二の円 アンテノーラ Antenora - 祖国に対する裏切者 (トロイア戦争でトロイアを裏切ったとされるアンテーノールに由来する)

第三の円 トロメーア Ptolomea - 客人に対する裏切者 (旧約聖書外典マカバイ記』上16:11-17に登場し、シモン・マカバイとその息子たちを祝宴に招いて殺害したエリコの長官アブボスの子プトレマイオスの名に由来するか)

第四の円 ジュデッカ Judecca - 主人に対する裏切者 (イエス・キリストを裏切ったイスカリオテのユダに由来する)

地獄の中心ジュデッカのさらに中心、地球の重力がすべて向かうところには、神に叛逆した堕天使のなれの果てである魔王ルチフェロサタン)が氷の中に永遠に幽閉されている。


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