現在、日本の思想史研究の慣例では神学の語をもってキリスト教神学を指すのが一般的であるが、これは他宗教における神学を否定するものではない。他宗教における神学は「イスラム教神学」などと宗教名を冠するのが普通である。神道においては、真野時綱
『古今神学類編』と書名に使われるように、江戸時代から用いられている言葉ではあるが、現代の神道では「教学」を用いることが多い(例:「神社本庁教学研究所」)。仏教では「宗学」や「教学」が用いられている。方法論的には哲学とほぼ同一であり、哲学の部門視されることもある。しかし神学は理性によっては演繹不可能な信仰の保持および神の存在を前提とすることで、一切の思想的前提を立てない理性の学としての哲学とは異なるとする見方が一般的である。このような立場に立つ思想家の例としてトマス・アクィナスなどが挙げられる。
また、イエス・キリストへの信仰を前提とするという意味において宗教学とも異なっている[1]。キリスト教学との違いについては、対象は変わらないがアプローチの方法が異なるという意見と、本質的な違いはないという意見がある。
なお特定の神学者の名を冠して「バルト神学」などという場合や、ある思想名を冠してその思想との融合・発展を意味する場合(例:自由主義神学)もある。 大学などの教育機関などにおいては、「教育」と「学問」を合わせて「教学」という言葉を用いる。これは、欧米のキリスト教神学などとは別のものである。 また、当時の文部省でも1937年に教学局が設置されているが、宗教的な観点ではなく、教育・学術行政を担う部局という意味合いである[2]。 出典は列挙するだけでなく、脚注などを用いてどの記述の情報源であるかを明記してください。記事の信頼性向上にご協力をお願いいたします。(2015年9月)
歴史が望まれています。
教育機関での「教学」
キリスト教の神学詳細は「キリスト教神学」を参照
脚注
注釈^ 文脈によっては、護教学という言葉は神学の立場を批判する意味を込めて用いられる。
^ 一部のキリスト教大学の神学部では、信者以外の入学も認めており、神学部を卒業した仏教僧侶もいる。
出典^ 増田祐志編「はじめに」『カトリック神学への招き』上智大学出版、2009年4月10日。3頁。
^ ブリタニカ国際大百科事典小項目事典 教学。
参考文献
『キリスト教神学入門』 アリスター・E.マクグラス(神代真砂実訳 教文館 2004)
増田祐志編『カトリック神学への招き』上智大学出版、第1版第1刷、2009年4月10日。304頁。ISBN 978-4-324-08637-7。
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