全国紙やブロック紙では、おおむね毎日の朝刊に異なるテーマで2本掲載し、重大ニュースがある場合などは1本の大型社説とすることもある。これらの新聞社は多数の論説委員を擁しており、論説会議を経て担当の論説委員が社説を執筆する。
県紙では社説欄のない社、原則1本掲載の社、2本掲載の社と掲載の形はさまざまである。県外や海外の話題に関しては、共同通信社が配信する社説の雛形「論説資料」をそのまま、あるいは一部改変して掲載する社もある[5]。それだけに、地方紙が通信社から配信される社説を転用することへの批判も少なくない[6]。一方で共同通信の論説資料に依存した社説編集を行っている社は部分的で、地方紙の全体的な傾向とはいえないとする研究もある[6]。@media screen{.mw-parser-output .fix-domain{border-bottom:dashed 1px}}通信社はニュースの速報を、新聞社はそのニュースを受けて解説・論説を、という役割分担が必要との議論も古くからある[要出典]。
新聞によっては、社説に独自の名称を用いている場合もある[7]。掲載面は2?5面あたりのページ数の若い面や[8]、朝日新聞のようにオピニオン面であることが多い。中には社説を掲載していない新聞もある[9]。
一法人の新聞社が発行する、一定の地域で題字が異なる新聞においても、同一内容の社説が掲載されている[10]。
明治時代は、読者が事実報道よりも主張を求めて新聞を選ぶ傾向があり、知識階級を中心読者層とした大新聞で社長が主筆を兼ねて社論を展開する例が多かった。福地源一郎(東京日日新聞)、福沢諭吉(時事新報)、黒岩涙香(万朝報)、徳富蘇峰(国民新聞)、成島柳北(朝野新聞)、陸羯南(日本新聞)などがそうした言論人である。[11] 放送局は放送法第1条第2項(放送の不偏不党、真実及び自律保障とこれによる表現の自由の確保)に基づき、公式には「社説」ではなく、解説委員個々人の意見の扱い。
放送メディア
山形県の山形放送が、YBC社説放送を月曜日?木曜日に放送している。内容は強い結び付きを持つ山形新聞の社説を分かりやすく解説する番組だが、日によっては山形放送独自の社説を展開することもある。
NHK総合テレビが「時論・公論」を放送している。「NHKニュース解説」、「あすを読む」の流れを継ぐもの。
有名な社説
1897年9月21日、アメリカの新聞『ザ・サン』(1950年廃刊)に『サンタクロースっているんでしょうか?』と題された社説が掲載された。8歳の少女からの投書に答えたもので、有名な「Yes, Virginia, there is a Santa Claus.(そうです、ヴァージニア、サンタクロースはいるのです)」の一節で知られる。詳細は「サンタクロースっているんでしょうか?」を参照
1995年1月20日、阪神・淡路大震災直後の神戸新聞が『被災者になって分かったこと』[12]と題した社説を掲載。父が生き埋めになる事態に直面した筆者の体験や、無力感・苦悩といった個人的な感情を前面に出した内容で、反響を読んだ。筆者は三木康弘論説委員長[13]。当時の様子はドラマ『神戸新聞の7日間』で再現された。
2018年、ニュージランドの新聞『ザ・プレス』が157年ぶりにブランケット判からタブロイド判に変更し、この時に掲載時とは社論が異なる社説の一覧を載せた。1893年に女性が参政権を獲得した際に、女性は投票所に行くよりも「家にいて家事をする方が好きだ」とした社説も含まれている。[14]
脚注^ Christie Silk (2009年6月15日). “Front Page Editorials: a Stylist Change for the Future?
^ 朝倉、2010年、21ページ
^ Clark, Tom (2011年1月10日). “Why do editorials remain anonymous?”