確率
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その後、クリスティアーン・ホイヘンスが研究を進め[6]ヤコブ・ベルヌーイ大数の法則を証明し[7]アブラーム・ド・モアブル正規分布を発見する[8]など理論は徐々に進展していき、19世紀初頭にはピエール=シモン・ラプラスによってこれらが体系化され、古典確率論が完成した[9]

20世紀に入ると、アンドレイ・コルモゴロフが『確率論の基礎概念』(1933年)において公理的確率論を確立した[10]
用語の定義

ラプラスの「確率の哲学的試論」の解説で、内井惣七は帰納的確率と統計的確率に分類している[1]

日本産業規格では、確率を「ある試行を同じ条件の下で長く続けたとき,一定の結果が生起する相対頻度の極限値。より一般的にはランダムな事象に割り当てられている [0, 1] の範囲の実数値と定義される。一般に事象 A の確率を Pr (A)で表す。」参考として「ある事象が生じるという信念の度合いを表す主観確率という概念も存在する。」と定義している[11]
数学における確率

集合Ωを考える。確率とはそのΩの任意の部分集合x(事象と呼ばれる)に対して、1以下の正の数を与える関数P(x)のことである。P(Ω)=1であり、加算性が成立つ必要がある。すなわち、P(A)は全事象Ωのうちの事象Aの割合を表す。P(A∩B)はAかつBの割合であり、これをP(B)で割ったものは、Bの中でAを満たすものの割合であり、条件付き確率と呼ばれP(A|B)=P(A∩B)/P(B)と書き表される。数式化すると分かりづらいが、理解のためには、全事象が100個あり、事象Aが30個、事象Bが20個、事象A∩Bが10個などと言う場合を考えてみると良い。
確率と観測

試行においては、結果は実験者・観測者の作為によらないと考えるため、事象には決まった頻度があると考える。たとえば、コインを無作為に投げることにより、表の出る頻度と裏の出る頻度の比はそれぞれ50%である。これが確率である。これについて、多世界解釈では可能性の数だけ世界が分岐するという解釈がなされる。
量子論と確率

量子論では、確率という概念は決定的に重要となる。古典物理学の世界では、事象は決定論的であるが、量子論の世界では、事象は決定論的でなく確率的に決まるだけである。

量子論の世界で、事象が確率的に決まる理由はよく分かっていない。事象が確率的に決まることは、実験結果から分かったことである。分かっていることは、確率が確率振幅の二乗に比例することのみであり、それは量子力学の基礎原理の一つである。別の何かの原理から導くことはできない。
哲学と確率

哲学的には、確率を人間の限界と関係づけて様々な立場がある。例えば量子論において、量子状態物理量の測定に対して測定値の確率分布を与えるが(ボルンの規則)、古典力学のように測定値の決定論的な振る舞いを与えることはない。古典力学において系の振る舞いは決定論的であり、理想気体ブラウン運動のように系が確率的に振る舞うのは、観測者がその系に対して詳細な知識を持っていないためである(逆にラプラスの悪魔のような存在にとっては系は常に決定論的に振る舞う)という理解があった。これは、人間が何が分かって何が分からないかという哲学的な立場を物理現象の説明に当てはめようとした見解であった。アルベルト・アインシュタインの言葉に「サイコロを振らない(: Der Alte wurfelt nicht.)[注釈 1]」がある。量子力学の基礎に関して、古典論と同様に系の振る舞いを完全に決定する隠れた変数理論が存在するかという議論がある。局所実在論を支持するような隠れた変数理論に関して、ベルの不等式が成り立つことが知られているが、アスペの実験など様々な実験により、ベル不等式が破れることが検証されており、一連の実験結果は隠れた変数理論を支持していない。そのため、前述のアインシュタインのような主張は、実験的な支持のない哲学的な主張と見なされている[1]
客観確率と主観確率詳細は「主観確率」を参照

確率(客観確率)を拡張してできた、主観確率という概念もある。


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出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
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